悶々として悩んで立ち止まった時はどうするか?

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自分の方向が定まっていないと悩むあなたに。ワタシもそうですが、何やかや人は霧の中を悶々としながら考えながら歩いているのが人生なのかな、とか思ってます。

このブログの主張もそうですが、それは日々迷走状態と言えるでしょう。多岐に渡るジャンルと主張で何が言いたいのか分からない、という指摘もあった。

生きるとか歩くとかって何かを考えます。

自分軸・信念は変わってもいい。それでも動き続ける

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夢や希望を持つことも大事だし、ワタシも自分の欲に突き進むかのように、何かを狙ってこうやってブログを綴り何を主張したいのか分からない、とも言えるブログを綴っています。

目標や夢って時として常にフラフラ変わってしまいやすい事があると感じる。

その変わって行くことに自分の信念の無さに悩んでみたり、果たして本当に何がやりたいのか、とまた同じような繰り返しの悩みを抱えたりする。

今のワタシもそういう時が多々あるし、こうやって文章を書いている時だって、頭の中で迷う事が多々あるわけで。

今一度、よく考えて見るとどうだろうか、風見鶏とも言われようとも自分の今やりたい事をやる事に信念って宿るのではないかと思ったりもする。

何やっても長続きしないとか、オマエさん一体何が言いたいんだ?と言われて、答えられなくてガックリするがそれは、それで良いのではないかと感じた。

夢や希望やそれに関わる願望も大事だけど、風に任せて進む帆船のごとく進む人生もありなのではないだろうか。

批判に弱いワタシも何度も考えたが、自分の人生という航路を決める航海士は自分であり、その責任を一切預かる船長もまた自分である。

どういう指摘があっても、やりたい事という風を頼りに進むのも一つの選択肢だと思う。

それでもやる、続けてみる。その先に何があるか分からない

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ワタシも今は悶々と沸々と自分の中でもだえるものがあって、日々やたらと考え込んでいる。

迷った時ほど、人に意見を聞いたり教えを請うたり、自分の中でさらに煮詰めてアウトプットすることを繰り返してきているけど、それでもやはり壁にぶち当たる。

それでも、進むべきなのか、後退すべきなのか、この場を去るべきなのか悩まされる。

少しでも気力が合って意地があって、進むべきだなと感じるなら進むべきだ。悔しいならやるべきだ。

この先、どこでどのように転ぶか分からないのも人生。一度ダメでも、また立ち上がる。

それでもダメなら一休み、それで立ち上がれるならまた進む。結局、人生とはこの繰り返しに縮図があるのではなかろうか。

三歩進んで二歩下がるという歌の一節ではないけどそういう場面もあるだろう。

人に向いてない、辞めるべきと言われても進む気力があるなら、ぼちぼちでも歩いてみる。

その歩いた先に何があるだろうか、それは誰にも分からないけど、どうあれ納得して人生の航路を進めたい、そう思う今日だった。

いつに増して何が主張したいのか分からない日記ですかね

男やもめが意地をはる