きらびやかな世界にはない「無」の境地


世界中には探せば至る所に大富豪が存在しています。私たちからすれば、遠い存在ではあるように感じますが、そういった全てをものにし、手に入れてきた大富豪が最後に欲しがるものとは一体何なのか、どこへ辿りつくのでしょうか?

禅のブームがもたらす、心の在り方と向き合い方


世界の各所でいわゆる「禅」がブームとされてるようです。仏教の様々な文化を体現したり、見たり学んだり、あるいはその思想が非常に現代になり掘り返されて評価されているようです。

禅はいわゆる辿りつくところに「無」の境地があり、余計なものは限りなく身も心からも削ぎ落とすという姿勢があります。

きらびやで華々しい世界で生きる世界中の富豪がたどり着いた先は「無」の世界であったという。それは、日本庭園でに禅の庭を自身の邸宅に再現してほしいと言う依頼が多いのだそうな。

ご住職デザインの庭園は、世界中の富豪から絶大評価


枡野俊明さんという、横浜のお寺の住職さんがいらっしゃいます。最近では著書も多く発行されており、目にする機会も多くなっています。

そんな枡野住職は庭園デザイナーとしてのお顔もあり、ご住職がデザインする日本庭園・いわゆる禅の庭は世界的に評価されているようです。

各地の富豪は自身の会社や邸宅にその庭をデザインして欲しいとご住職の元へ直々に世界中から出向くそうです。なぜ、彼らは禅の庭である日本庭園を好むのでしょうか。

極限まで無駄なものを削ぎ落とした世界には、無駄がありません。余計なもの、ゴテゴテしたデザインでなく最小限のモノで飾られる「美」にこそ、真の美しさがある、心から落ち着ける「空間」がある事から、彼らは禅の庭を好むようです。

様々な世界を見てきた富豪だからこそ、最後にたどり着いたものこそ、無の世界でありそこにある最小限の美意識にこそ、静寂な落ち着いた空間があると言えるのだそうな。

庶民の財布は「無」であれど心は有終の「無」であれ!


一般庶民である私たちも、そもそも世界の富豪ほどお金もモノも持ち合わせていない。いわゆる、無の世界やその美の空間に近い位置にいると思えませんか?

幸福という幸せを感じる部分とは、いわゆる日常に空間にあるということ、モノやお金だけでは決して辿りつく事が出来ない境地こそ、無の空間の美しさや落ち着きに繋がる事のようです。

お金もモノも無けりゃないで、幸せに暮らすことは出来るし、どこでどのように満足するかは、自分である本人の心で決めるもの。

すなわち、庶民も大富豪も関係なく、真の幸せ=幸福とは、自分自身の心の中にいつでも存在するという事だと枡野ご住職は説かれています。禅の庭には、そうした美しさや落ち着きを思い起こしてくれる存在と言えるのです。

枯山水の美が分からなくても(ワタシも)、ふと落ち着ける空間だなと思えればなんら無問題、あなたは大丈夫。
そんなひと時と空間って欲しいですね。