私の人生なんてムダばかり!嘆く前に出来ることは?


これからどうしよう、何をしていいいのかわからない、生きる気力がわかないそんな時にあなたは自分と向き合い絶望するかもしれません。

しかし、絶望しても決して救われるわけでもなく、良い答えも出てくるわけではありません。そんな時に学ぶ、禅の道しるべとは。

悲観・否定するより、受け止めてみる勇気


何もかもうまくいかない、そう自分自身やその経緯や環境に絶望した時、人は途方に暮れ自分にも心底嫌気をさし、何もかも全てを捨てたくなる衝動に強く駆られます。

しかし、物を捨てたり諦めて放棄しても、良い事態には好転しません。

そんな非常事態の時ほど、私たち人はどうすれば良いのか、禅はこうも応えます。「ただひたすらに生きる」と。

物事の善悪を考え判断し自分を苦しめるだけでは、人はとてつもなく辛く傷つくだけで一向に物事は好転するとは、ほど遠い状態にあると言えるのです。

まず、受け入れること。そしてふて腐れず、ただひたむきに毎日を生き切る事に、どうやらその答えがありそうです。

悲観するだけが人生ではなく、悲しくともまず受け止める。全ては、そこから始まるのです。

考えるよりまず動く。ガムシャラに突き進む利点


こういう状況の時ほど、人は何をしてよいのか分からず、かえってジレンマにはまり自分は本当に何がしたいのかと考え込んでさらに落ち込みがちです。

こういう時ほど、深く自分とは何か?というような自分探しをするべきではない。

ただひたすらに自分の毎日の日常生活にフル回転し生きれば、必然として自分のやるべき事が見つかってくるのです。

私たちは、どうしても頭でっかちになりやすく、物事を必要以上に深く考え込んでしまいがちですが、故に肝心な時に身動きが取れなくなってしまう、そんな事態に陥ってしまうのです。

もし、いまあなたが無職で何もすべきことが無いとするなら、ただひたすらに生活の土台である、家事に専念しましょう。

掃除、料理、洗濯なんでも構いません。ひたすら作業に向き合う事で、自分の心の内を鼓舞する必要があるのです。

一生懸命生きる人には、どこからか声がかかりやすくなるもの、とも言えます。そんな所から、新たな自分の進路ともなり得る話だって決してあり得ない話ではない。

日々のあなたを、見ている人は確実に見てるしその評価もしてくれているのです。

不遇な時期は実はチャンス到来のサイン


不遇な時期に頂いたご縁は大事にしたいものです。いくら、自分が恵まれていないと思っていつまでも腐っていても、道は決して開かれません。

不遇な時期でも腐らず、淡々と自分の成すべき事をする人に、新たな道は必然と開けるものと言える。

いくら不遇にあったとしてもそれは決してムダなことではなく、新たな学びのチャンスとも言えます。

もし、迷い何をしてよいか分からない時ほど、まずは人の手伝いをしてみましょう。家の手伝いでも構いません。

腐らずにひたむきに行動し続ける事で、人は縁を生み、信頼を見出し、新たな出会いを生み出し大きな仕事へも繋がっているのです。そう、全ては繋がっているのだ。

だからこそムダなことなどなに一つないと言えるのです。