善意と言えど守るべき順序はある


自身の生活をも顧みらずに、自分の周りやその関連の人々に手を差し伸べようとしてしまう方がいます。

もちろん、悪い事ではなくむしろ褒められる事なのですが、自身の生活を大きく犠牲にしてまでも守るべきものなのでしょうか。

当然ながら、その人の価値感による部分が多いので一概に言い切れませんが。

でも、まずは自分自身の日々の生活をしっかり営む事が出来て、はじめて人助け出来るのではないだろうか、と思ってしまった。

人助けの前に、まずは自身の生活スタイルを見直せ!


職場の同僚のおばさんで、自分を顧みらず体調を壊してまでも人の手助けをしてしまう方がいる。

人柄も良く優しくお話ししていてもすごく楽しいのですが、自身の家族やその周囲の人の為に、自分の生活を二の次にして窮地に追い込まれてしまう。

義憤というのか、物事にはやはりまず守るべき順序があるような気がしてならない。

もちろん、人助けをする事が悪い事ではないのだが、まず自分自身がしっかりと日常生活で「立ち回り」しないと。

個々の価値観により、物事の優先順位は存在するのだと思うが、それでも何よりも最も優先されるべきは、最低限の自身の生活なのではないだろうか。

お金は簡単に貸し借りはしない、安易な情けは不要


自身の衣食住など生活費、わずかながらでも次々の蓄えが出来て初めて人助けが出来るのではないかと思う。

おばさんは、この自身の衣食住などを犠牲にしてまでも他者の為に尽くしてしまうので正直な所、生活が非常に苦しく家賃をも滞納してしまっている。

周りがお金を貸してあげるのは簡単ではあるが、安易に金銭の貸し借りはするものではない。

もし、それでも貸してあげようと思うならば、そのお金は「戻ってこないもの・寄付してあげる」位の心意気で貸さないと、必ずやトラブルは起きる。

なので、いくら事情があろうとも安易に知人・友人だからといって金銭の貸し借りは行うものではないのは世の常でもある。

まずこういった状況に自分が陥ったらどうするだろうか。真っ先に立て直すのは、人助けではなく自分の生活全般についてではなかろうか。

自分の足元が危ういのに、人助けなどとても出来ない。

まとめ


現況考えれば、生活保護を申請した方が良いかもしれない、というレベルにまで来ている。

その手の制度に詳しいわけでもないので、どうしてあげられるべきなのか自問自答してしまう。

生活保護までいかなくとも、その手前の公的な貸付制度など上手く利用して現状をまずは整えて欲しいと感じた。

いくら慈悲の心意気があったとしても、まずは自分の生活が立ち行かなくてはどうにもならない(><)

世の中、金カネとは言いたくはないけど、やはり最低限の自立した生活が出来るくらいの金回りは整える必要性があるのではないだろうか。

とはいえ、理屈は抜きにして何としても人を助けよう慈愛の心意気たるや、それは何物にも変えられない素晴らしいものだと思います。