永遠の問い?所詮人間はカネなのか?という疑問

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180616-00000019-pseven-life&p=2

たまたまネットで読んだ記事から本日は一本。出来れば記事を先に読んでもらえると話が早いです。

さてさて仕事柄なのか、この記事にあるような港区女子と呼ばれる層のお客さんはよくお乗せする事はあるので、この記事の言わんとする事は結構よく分かったりします。

そもそも、この記事の話や途中に出てくる人物が実在なのか?という点もあるけど、現実には往々にしてあり得る事なのでなるほどなと言わざるを得ない。

所詮、人はカネなのか?という所に今日は焦点を当ててみようと思いおます。

港区女子と付き合うにはどうしたらいいの?


この記事の中心となるのは「港区女子」の存在だ。

もちろん、身なりもキレイ・美人で男なら誰しも「付き合ってくれ!」と望むようなハイスペックな人たちなのだろう。(多分)

そんな港区女子が付き合う男はみんな金持ちのIT社長とか、イケメンでいくつもの会社を経営する実業家だったり、秒速で数億円動かすような金融長者の個人投資家系の人たちばかりなのだとか。

それに対する世のバッシング?twitterなどで「結局カネなのかよ」という声が乱れ飛んだという。

それに対し、後述する港区女子の一人の仮名・カレンさんはこう述べる。

以下引用→「『結局カネかよ』というツッコミって、なんで彼らがお金を持っているか、その努力とか、背景とか、人となりとか、全部無視してるよね」→なるほどなと(笑。

記事を最後まで読んだ私的感想としては、結局は港区女子はカネで男を選んでますということに至ります(笑。

結局男はカネだと認めろと、小一時間問い詰めたい


別に否定しなきゃ良いのになと率直に思う。正直に、男を選ぶ土台は「まずカネである」と認めてしまった方が、率直に「なるほどな(笑」と思えるがなあ。

やはり金でしか男を見てないという浅ましい女に思われたくないという周囲へ恥じらいというか、反抗心が全面に出ているなというコメントだろうか。

ともあれ、港区女子が選ぶ大前提の土台がそれ相応のお金であり、収入や資産である事には間違いはないようだ。

その上ではじめてカレンさんの言う「人なりとか彼らの努力とかその背景など」があるのだと思う。

ウソは言っていないにしろ、言わないけど大前提にはカネで選んでいる事を港区女子は素直に認めれば良いだけの話だ。

彼女らだって、その男性の人なりや努力をどこまで見て・知ってるのか?って事でもある。

そもそも、お金という大前提が無ければ選択肢にすら入らない、かすりもしない。

どうあれ、こういった考え方や趣向だという港区女子という人たちが一定の層といえ存在して良いと思う、色んな考え方の人がいるのは確かだ。

ただ、彼女らも素直に「結局金だよ」って認めれば良いだけの話なのだ(笑。

周囲への恥じらいを捨て、堂々とそして高らかに「金だよ」と認めれば、なんかもうある種の清々しさすら感じるのだが、港区女子の方もっと素直になられよと、せめて言いたい。

金なし男が逆転するには?ヒント→人生は短いようで長い


記事の後半に港区女子と付き合ってる「男」がそういったハイスペックの女を選んでいるからむしろ逆だろと、他の港区女子の意見もある。

これもまた事実だろう、金のある男はそういった意味でストレートに良い女を抱きたい、と思っている。

もうこうなると男も女もどっちもどっちなワケであり、良いとか悪いとかって次元の話ではなく、もはや「そういった人たちもいるヨ」って位で済むのだなと実感する。

さて、金のない人間が地味に輝くにはどうするべきなのか考えて見た。

タクシー乗務員をしているので、老若男女の相当幅広い人たちと話をする機会があるのでそれを元に、コレだなという一つの結論に達しました。

金のない人が咲き誇るとするなら、最後は「いくつになっても健康である」ということ、ホントこれに尽きる。

先日、とある病院からお乗せしたおばあちゃんと軽くお話しをしたが、なんと100歳だという。

100歳を迎えるだけでも十分凄い事なのに、杖があれば一人で歩くことも出来る、買い物や病院へ行く事だって出来る。

お話しても耳は遠くないししっかり聞き取れてるし、何よりも矍鑠(かくしゃく)としていらっしゃる=元気で丈夫な様子の意。

港区女子の話題と全く関係ない話題と思えるが、人生は捨てたもんじゃなく、健康や長寿に関してはお金だけではどうにもならない現実があるということ。

古より世界各国の億万長者や権力者が最後に臨むのは「不老長寿」だったというし、お金があろうがなかろうが、日常の生き様に貧富の差は関係ないように思える。

お金が無くとも健康的に生きる事は十分可能だし、要はどれだけ日々自分の身体を労わるか&ケアするかが最も大切な事なのではなかろうか。

まとめ


行きつくところは、最後はやはりいくつになっても健康であること。

お金があり経済的に成功し豊かな人生だとしても、若くして身体を壊してしまってはその豊かさや幸せを謳歌する事は出来ない。

港区女子のような若くて綺麗な人と結婚できても、晩年も若くて綺麗でいられるとは限らないし、いくつになっても自分を労わってくれる優しい奥さんかどうかだって分からない。

男はジジイに、そして女はババアになるのは世の必至。

お金が無かったとしても、いくつになっても健康で自分の足で歩ける&暮らせるのならば、それはお金では買えない幸せを手にしているのではないだろうか。

もしかすると、人生は不平等だと思えても、実は平等だったりするのかもしれない。

晩年の健康っておそらく若いころからの積み重ねであり、その人の生き様なんだなと感じる。

そう考えれば、そもそもの発端となった港区女子って色々考えさせてくれる深い存在だなって思う(笑。

人生は短いようで長い。