「学習性無力感」を理解し、そこから脱出する!


学校が辛くて、仕事が辛くて、様々な辛さを人は感じながら生きている。とある本で「学習性無力感」という言葉を知る。

どういうことかと言うと、長期間ストレスの回避が困難な状況に身を置くと、その状況から逃れようとする努力すら行わなくなるというもの。

脳がストレスに慣れてしまうとでもいうか、必然として「どうせ何しても無駄だ」と考えるようになってしまう事でもある。

現状の労働問題などでも、超安月給で月間100時間以上残業して…という話を聞くことが多々ある。

ワタシも前職時代に、月間100時間以上の残業を経験した時は、脳が非常にハイになっており身体は疲れているんだけど、精神的にはやたら高揚していた事を思い出す。

人によっては、それも無駄な抵抗はしたりせず黙って諦めてしまうケースも多々あるのだ。

こういう時は諦めてはならず、自分の状況を今一度確認してみよう。決して諦めて現状を捨ててしまってはダメだ。

人生とは何度でもやり直しても良いのだ!


今の時代、特に何事も我慢して下積みを!というのは通用しなくなってきているのは言うまでもない。

大人しく会社にしがみついていれば、それ相応の待遇を得られるとか、給料が徐々に上がっていくだとか、それもそこまで期待は出来ない。

真っ暗な暗いトンネルに何となく入り歩き続け、漠然とさまよい続けるようなイメージにも近い。

果たして自分は、本当にこの道で良かったのだろうか、こっちの道で正しかったのだろうか、常にそう考えてばかりである。

そんな漠然とした暗闇からは自分で決断をしないと、これもまたいつまで経っても出られない。

自分でこの仕事に区切りをつけるのか、ある程度お金を貯め一定の金額に達したら退職するのか、自分なりに行く先の出口を決めてしまうというものだ。

石の上にも三年よりも、自分自身の「意志」を尊重する


「石の上にも三年」ということわざがある。石(いし)の上にも三年 冷たい石の上でも3年も座りつづけていれば暖まってくる。

がまん強く辛抱すれば必ず成功することのたとえである。あるものや仕事を覚えるには、一定の時間や年数が掛かる。

どんな仕事でも、まずは三年は続けないと何も分からないよ、そういう意味もあるだろう。

しかし、三年やったからと言っても分からないものは分からないし、合わないものは合わないと言える。

逆に合うものは合うで、もっと早い段階で分かり得る事も考えられる。

しかし、やっぱり世間がどうこう言おうとも自分の人生を導くのは、あくまで自分の価値観次第なのだ。

俗世間に惑わされず、自身の素直な感覚に従って、自分の素直な意思の上で行動をして納得出来る事がベストではないだろうか。

その上ならば、決して辞める事を恥じる必要もなく、むしろ「ワタシには無理だった、合わなかったんだな」と冷静に判断出来た事を、誇りに思って良いと思う。

自分を客観視し、冷静な判断を下せる人って本当に少ないのだ。

まとめ


辞める勇気を持つことが出来る人は健全だ。

むしろ、無意識のうちに自然に諦めている人こそ非常に心配。

今の環境を変えられるのは他の誰でもなく、間違いなく自分自身なのだ。