置かれた場所で咲けなかった自分を悔いる


累計で200万部を超える大ベストセラーになった「置かれた場所で咲きなさい」という渡辺和子さんの著書があります。

以前に購読した本ですが何故かフと先ほど思い出したので、ちょっと記事にしてみようと思いました。

さて、みなさんは「置かれた場所で咲きなさい」ともし誰かに言われたら、どんな思いを抱きますか?

ワタシはそれを考えると、やたらとドキっとしましたが、何やら自分はどこかに向かおうとしているのでしょうか、この言葉を思い起こすと過去の後ろ向きだった転職したころを思い起こします。

視点を変える必要性・悪い所は必ずしも「悪」ではない


「置かれた所こそが、今のあなたの居場所なのです。咲けない時は、根を下へ下へと降ろしましょう。」

文章の一節を載せさせて頂きました。

人って不思議なもので、かつての自分自身も経験したのでよく分かるのですが、いま置かれた場所で希望を見出す事って意外と出来ないのですね。

一体、どこへ行こうとしていたのだろうかと思うくらい、心はここに在らずでした。

転職する事で思い悩む問題が全て解決すると真剣に思い、実際にそのままの勢いで転職も経験しました。

自分が望む会社へ転職出来たのにも関わらず、その環境に慣れてくると人はまた再び他の場所へ、未知なる場所へ希望を求めるのです。

しかし、それだけで希望を見出そうとするとまた違う会社へ希望を持ってしまうのです。

これは、どこかで気がつかないと半永久的に転職志向を繰り返してしまう。そんな自分に「置かれた場所で咲きなさい」という言葉を目の当たりにして、心底ショックを受けました。

ワタシって結局今いる環境の悪い所しか見てなかった、いや見えてなかったんだなと。

思っているほど自分の居場所は悪くない事に気がつこう


過去の自分で考えて見ても、悪い所ばかりクローズアップさせて、なぜ今いる場所を活かそうとしなかったのか?という点が最大の失敗だったと思います。

その失敗を踏まえてくれるのが「咲けない時は、根を下へ下へと降ろしましょう。」の部分です。

根を下へ張る事こそ、今いる場所で何とか咲こうとする努力であったり、将来へ備えて実力を蓄える時であったりすると思います。

昨日の記事ではないけど、日々ブログで思いや自分の考えを発信し続ける事も値を下へ下へと降ろす事であったりするのかな、と今頃になって自問自答したりしています。

どこかへ行こうとする事ばかりに目を向けず、まず今いる場所で出来る事は何か?の発想を持つことが明日への成功の一歩だと考えさせてくれました。

将来へ必ずしも悲観的にならず、今いるココで出来る事を一つづつこなしていく一日もまた有意義だと思えるような、そんな心のゆとりは身を助けます。

Facebookはそういう意味で、人と人を繋げてくれたので、その作業の楽しさを高めてくれる非常に有効なツールだなあと、改めて感じさせてくれました。

まとめ


根を下へ下へ降ろしましょうの一文は置かれた場所でなかなか咲けない状況に係るものです。

人は誰しも思った時に、思うような活躍が出来るとは限りません。むしろ出来ない事の方が人生の中では圧倒的に多いように思えます。

その時に置かれた現実に絶望しても、耐え忍ぶことが出来る。

耐え忍ぶことで根を下へ下へ降ろし、じっくりと実力を蓄え明日への希望を見出す。

無意識のうちに我々は、現実と希望のバランスを支えながら生きているのだなと実感させてくれる一節でした。

と、らしくもない事を小難しく書いてしまったけど(笑、どんな状況であれやりたい事はどんどんやって実力を蓄える。

待てば海路の日和あり

なんてことわざもあるように、じっくりやる事やってチャンスを待てば、必然と世に出るチャンスが訪れるのです。

PS
世にでるチャンスが「ありますように!」が本音です(笑。