座席を倒す時の声掛けマナーをどう思う?


今日のこちらの記事に、興味深い内容が書かれていました。

堀江貴文氏の記事ですが、要約すると自身が新幹線でくつろいでいる時に、自分の前の座席の方が「座を倒して良いですか?」と尋ねて来た事にえらく憤慨しているという。

twitterでその事を物凄く激怒して綴っていたけれど、そんなに怒る事なのだろうか?というのが率直な疑問でした。

さらに記事や意見を読んでいると「堀江氏の炎上商法なのでは」というような事も書かれてはいたが、炎上商法とかさておき、やはりそこまで激怒する事なのかとは甚だ疑問に感じました。

声掛けに対して「なんでもかんでも保険をかけようとすんなボケ」と綴られることを見ると、やはり何故そこまで怒るのか、再度の疑問です。

この声掛け行為自体がそもそも保険なのか?という事も分かりませんが、これだけ殺伐とした世の中だからこそ、お互い様のゆとりの気持ちはあって然りだと考えますが、必ずしも万人には共通しないようです。

どうあれ、それをtwitterで怒り綴る必要性は全く無いかと思う。さらに堀江氏は「座席を倒す前に声をかけるというクソマナーなるものを絶滅させたいと思ってるから」とも綴っている。

ワタシ個人的には声かけられて嫌だと思わないし、むしろいきなり前席をドカンと倒される方が正直な心情としてはムッときますが、感じ方は全く人それぞれなのには驚かされます。

お互い様の気持ち・その余裕とはそんなにウザったいものなのか?

マナーの良し悪しは個々の主観が大きい問題である


声掛けマナーが良い・悪いかの結論は「人の感じ方」なのでどちらが正しいか否かの結論付けるのはナンセンスなので、それはそれでと致します。

しかし、確実に言えるのは「そういったマナーを根絶させようと思う」の部分は、完全にいらない一文でありそれは堀江氏が勝手にそう思いていれば良いだけの事で、世の中はそれを求めているとは思えないので、根絶させる必要性は無いと思います。

人の感じ方なので、声を掛けるべきだと思う人は声掛けすればいいし、堀江氏のように声掛け不要と感じるならやらなければいい。

いきなりシートを思いっきりドカンと倒し、後ろの方に迷惑がかからなければ全く問題はないと思います。

そこは堀江氏の言うように「座席倒すことそれ自体には権利がある」というのは、もっともでしょう。

ただ、こういったマナーの有無によってトラブルが起きる事って多々あると思うのです。

ワタシの仕事上だと、特に道路上などにおける交通マナーなどそれにあたります。

車線の割込みによって後続車がいくらか危険を感じたのに、ハザードもつけないクルマがいたとします。後ろの車が何の挨拶もないのかとカッとなって交通トラブルに発展するケースは少なくありません。

特に、道路はやたらと急いでいるドライバーも多いので、より殺伐とした状況になりやすい環境である事には違いありません。

そういった環境だからこそ、ちょっとの心遣いというのか、それをマナーというのか、警察の標語ではないけど少しの思いやりが事故やトラブルを回避する事もあるのです。

新幹線の一件と、交通マナーの件はどちらとも「やってもやらなくても構わない」という、いわば本人の自主性に問われている部分が非常に大きいのです。

絶対にやらなきゃいけない、絶対にやってはいけない、という事では無いがゆえに、その各々の人間性の根幹に関わってくる問題とも言えます。

人に迷惑・不快な思いをさせなければどちらも正解


本人の自主性に全てを託す事で「~しなければならない」の概念を無くせば良いと思います。

声掛けはあっても無くてもどちらでも良い。ただしいちいち怒らないこと。それが強いての正解じゃないだろうか?

本当に身の危険を感じたレベルなら怒る事も然りとは思いますが、どちらが正しいか論争は決着がつかないでしょう。

ただ個人的には、声かけてもいいかなとは思いますが(笑。

ちなみに、ワタシもこういうような座席揉めの事例は嫌なので、座れる時は座席の後ろが壁である最後列の座席に座るようにしています。

言った・言わないが問われないポジションなので気兼ねなく座れるから、というのが理由なだけですが(笑。

PS

現代人はビタミンと愛(Love)が足りていない。(笑

お互い様の思いやりってとこです。