幸せ投稿はダメ!?SNSの使い方を考えさせられる


何気なくニュース記事を読んでいるとこんな記事をいくつか見かけました。衣料品通販大手の「ZOZOタウン」を運営している前沢友作社長とタレント剛力彩芽さんの記事。

つい先日のW杯観戦の様子をSNSでアップ。自家用ジェットで現地でひとっ飛びでロシアで観戦した様子なのだが、これに批判が集まり一連のインスタグラムや過去の様子を全て削除するという。

しかし、良かれと思って自身の事をアップしただけでも、浮かれている!とこれだけ批判が集まるというのも難しい時代だな、というのを素直に感じました。

同時にSNSの使い方というのもまた一つ考えさせられます。

これって、あくまで芸能人や有名な人のカップルだからここまで大きくなっているけど、芸能人でなくともこういった構図ってワタシたち一般人でも起こると思うのですね。

幸せいっぱいの他人様(ひとさま)の投稿にどう向き合うべきか、SNSとの上手な付き合い方をちょっと考えてみました。

批判したくなる人の気持ちも分かるし、何で批判されなきゃいけないんだ!という発信した側の両方の気持ちが今回はよく分かるのです。

良かれの言動も人に素直に受け取ってもらえない現実

単純な感想ではあるけれど、これだけ大金持ちとお付き合いしていれば、確かに自分の発想の斜め上をいく事ばかりでしょう。

前沢社長の周りの世界の見るもの・触れるもの全てが新鮮だと思うし、自分じゃ見たくても見れない世界もあるだろうし、正直浮かれるのも無理はないと思います。

見せびらかしたいというよりも、単純にすごかったからコレ見て欲しい!って気持ちなのだと思います。

そこに自慢もイヤミも介在しないのだけど、ただ世の中の大多数の人はそんな世界を剛力さん以上に見たくても見れないし、はたまた自分はこれだけ苦労しているのに、何でこんなに浮かれた人間がいるのだろうか。

その数々の投稿を見ていると段々と腹が立ってきたな、なんかうざったいな~許せない!というのが、批判する多数の人の大まかな感情なのではないでしょうか。

SNSって発信してナンボな一面もあるのだから、他人を誹謗中傷していない限り「幸せのおすそ分け」って解釈でサラッと見ても良いと思うのですね。

発信するのも自由であれば、その発信を見るも・見ないも自由なのです。

と、そんなキレイ事ばっか言ってんじゃねーよなんて言われそうですが、確かに4~5年前のどん底期のワタシだったら、批判する側のヒトと同じ事を思ってただろうなと思ってます。

人間って自分が満たされていない時に、他人様の幸せを魅せつけられるほど、ツラくアタマにくる(怒)ものなのですね。

自分にそのゆとり・余裕・幸せを感じられる要素を持ち合わせていないから。

なので批判する姿というのも、人間のある意味では自然な状態とも言えるのです。

それを踏まえてSNSは利用するべきだと思いますが、だからといって思うがままにせっかく幸せの絶頂にいる人を、悲しませたりその幸せを無にするような誹謗中傷はまずする必要性は無いでしょう。

では、どのようにSNSと向き合うべきなのだろうか?

人の幸せや自分の不幸は比較しない!全くの別物だ

先ほども少し触れたように、SNSは発信するも・しないも自由ならば、見る方も同じで見るも・見ないも自由だということ。

その幸せインスタグラムやFacebookの投稿をみてトコトン嫌な気分になるなら、あえて見ないで伏せれば良いだけで、攻撃的に誹謗中傷する事だけは辞めるべきではないだろうか、と率直に感じます。

人を攻撃するという行為は巡り巡って自分に返ってきかねません。

人の幸せを素直に認めたり祝ってあげられるくらいじゃないとダメだ、とかそんなキレイごとを言うつもりはさらさらないけれど、あえて声をあげて批判する必要もないと思います。

先日のホリエモンの一件と似てますね、あえて批判する必要はないだろうって辺りは、今のストレス社会の特有現象なのでしょうか。

そう言われると、4~5年前のどん底期はワタシもFacebookやLINEにしても、人と接する機会を極端に減らして、ひたすら自分自身と毎日のように悶々としながら、内なる部分で常に睨み合っていた事を思い出します。

自問自答というのか、人の幸せなんかサラサラ同調できないし、いいね!ボタンなんてもっての他だ、と間違いなく感じていました。

だからといって、そのやり場のない怒りと、どうしようもないもどかしさでイラ立つ自分の負の力を、他人様に向けるのは違うな。

あくまで、自分自身が向き合うべき課題であって、人の幸せと自分の不幸っぷりは全くもって比較する事ではないという事実を今一度冷静に向き合ってみれば、少なくとも自分以外の人を悲しませる事は無いでしょう。

まとめ

いつだったか、とある人から聞いた話です。

人生をトータルでみた時、他人様からみて自分は「やや負ける」くらいがちょうどいい。

周囲の人にはどんどん上の世界に上がってもらい、自分はそのサポート的な役割に徹する。

そうする事で、周囲はみな上の世界に上がり、いつしか自分も「オマエもはよ来いや」と引っ張ってもらえる。

損得抜きで人の役に立つ事に徹すること。

その感謝のしるしとして、自分も上げてもらえる。

それをとある本では「宇宙の法則」とも言っていたけど、やっぱり人間は地球上で感情もあり、言葉も話す唯一の生物。

「持ちつ持たれつ」で自然と生きている。

ZOZO社長と剛力ちゃんの幸せインスタ削除の一件が地球規模の話にまで発展したけど(爆、

どうあれこうあれ、自分がこの先・幸せだか成功だか、どうなるか分からないけど

他人様の幸せを素直に受け取れる事が出来ればどうにか生きて行けるような気がします。

今は第三者・中立的にモノゴト見られているから、おそらく「そこそこ」幸せに生きられているのでしょう、多分ね。