矢部太郎「大家さんと僕」その日常が大きな反響を呼ぶ


お笑いコンビ・カラテカの矢部太郎さんの漫画が凄く売れて今や55万部を超える勢いで販売されているようです。

この方は古くは日本テレビ系・電波少年のイメージでかなり無茶苦茶な企画をさせられている、ヤバイお笑いタレントとしての記憶が非常に強い方でした。

しかし、そのある意味ですさまじい芸風からは想像できないような漫画を描き、そのタッチにも独特の個性が光り確かに手塚治虫賞など漫画の世界の素晴らしい賞を受賞したというのは、広くニュースなどでも報道されました。

そして何よりも本が55万部以上売れ続けているというのは、出版不況の中で決してマグレで届く数字ではありません。

話も面白いけど矢部さんが描く絵のタッチにも独特の味があり、惹きつけられる才能があったのでしょう。

それゆえの作品なのだなと強く感じました。

偶然の出会いが神風を起こす!迷った時こそやってみよ


矢部氏とカラテカの事は電波少年の事もあったので存じていましたが、やはりきわどい芸風のイメージが真っ先に上がり漫画などを描くという印象は全くなかったので、意外だったというのが正直なワタシの最初の印象です。

そんな氏が、なぜ漫画を描こうとなったのかを見てみると、ある時に漫画の主人公とも言える自分のアパートの大家さんと京王プラザホテルでお茶していた時に、以前一緒に仕事をした事のある漫画原作者の倉科遼氏と遭遇したという。

何気に調べてみると、この倉科氏は原作者として「夜王」「女帝シリーズ」「嬢王」などといった作品があり、水商売・夜の世界を描く事が得意とされる有名な漫画原作者なのだ。

その方に今の大家さんとの経緯を話してみたところ、それはおもしろい!漫画にしてみたら?と言われて、同氏に言われたように4コマ漫画にして見せてみたところ、すぐに所属事務所の文化部に掛け合ってくれて、早い段階で出版に至ったのだとか。

こういう世に出る時のタイミングとは面白いもので、一つでも欠けてはならない条件が重なり合わないとここまで売れる事というのは無かったようにも思えます。

元々矢部氏もお笑いタレントとしての知名度はあったにせよ、作品が持ち合わせる力もないと不可能な出来事でしょう。

世の出るタイミングとは必ずしも実力があるだけでも出れないし、こうした見えない部分でサポートしてくれる力強い存在も絶対に欠かせない。

発信し続ける事で可能性を限りなく大きく広げる事実


こういった事例を考えると、やはり一番大事なのは一つの出会いと「何か」を世に発信し続けた事にあるでしょう。

こうした有力な原作の先生に出会ってもそのチャンスを活かさず、矢部氏が簡単な4コマを描かずその場で話が終われば、ここまで話も飛躍しなかったでしょうし、今のように世に出る事もなかったかもしれません。

やはり大事なことは、もし自分のやりたい事なり描いてみたい世界が先にあるならば、それを世に発信し続けること。

矢部氏は有力な人との出会いがあったからすぐに軌道に乗ったかもしれないが、それは過去の出会いも含め仕事上でのやり取りがあったから、今回のように話が発展しやすかったとも言えます。

偶然と必然というのは全く異なるものと考えられがちですが、このような事例を見ると限りなく隣り合わせの存在なのではないか、とすら思えて来ます。

いくら実力があり潜在的な能力が高かったとしても、それを見てくれて評価してくれる人がいないと、仕事としては成り立たちません。

仕事・職業として成り立たせるにはやはり自分の考えや思いを人に問いかけ、世に発信してみる事に全ての可能性があるのだなと実感させてくれる矢部氏の一件でした。

まとめ


偶然の出会いを活かすも活かさないも自分次第。

活かしてもいいし、活かさなくてもいい。

どっちでもいい。やりたいと思うなら、やり続けてもいい。

すぐに4コマという形にして見せた事が矢部氏の一番の運命の分かれ道だったようにも思えます。