感情任せな屁理屈で叱りつける事で成長の芽を摘むな!


一昨日のブログに昭島アウトドアヴィレッジを訪れた事について書きました。

当然ながら、夏休み期間中という事もあって親子連れの買い物のお客さんが非常に多かったように思えます。

笑う子・泣く子・はしゃぎまわる子・たくさんの喜怒哀楽がそこには見え隠れしていたように感じます。

ある一組の親子が周囲にも聞こえるくらいの大きな声で、子供を叱りつけている様子がとても気に掛かりました。

叱りつけている話の内容までハッキリと聞こえてくる位の声の大きさでしたが、子どもを伸ばしたいならば全く持って逆効果と言えるのではないかな、と瞬間的に思いました。

理詰めで公衆の面前でそこまで叱りつける様子は「自分の苛立ちを理詰めでぶつけているだけ」にしか見えません。

子供が「あれ欲しい・これ欲しい」という事に対し、そのイラ立ちをストレートに子供にぶつけて理詰めで叱りつけるその様は、周囲の楽しい雰囲気をも壊しかねないほど異様な光景でした。

そういった子供の頃に激しく叱られた記憶というのは、思っている以上に大人になっても残るものです。

その子供を豊かに成長させるには正直なところ、全くの逆効果でありその子供の事を考えると、やりたい事もやれないい、したい事も言えない子になりかねません。

親の前などで萎縮してしまい本当の自分の考えを、今後伝えられないのではないか?と懸念してしまいました。

子供に限らず人を伸ばす・部下を育てたい時は、褒めて伸ばす事の方が理にかなっていると言えるのです。

メリハリのある叱り方は有効!感情任せに叱るのは論外

ワタシは典型的に浮かれやすいタイプなので、褒められるとダントツで「ウヒムヒョ」と喜んでしまうタイプです。

それゆえに激しく叱責を受けるとシュンとしてしまい、実力の半分も出せない弱気なタイプと言えるでしょう。

その為か褒められて伸びるというのは非常に良く分かり、例えそれが明らかに「そりゃ言いすぎ、ウソだろうよ」と思ったとしても、喜んでしまうタイプかもしれません。

女性の場合でも、例えお世辞と分かっていたとしても「キレイだね・美しいですね・かわいいね」と言われたら誰だって嬉しくなるでしょう。

言葉に宿る力というのは、それだけ大きなものがあると言わざるを得ないような気がします。

特に、子供は大人以上に純粋でナイーブなので大人が発する言葉をより重く受け止めてしまう事も考えられるし、多感な時期だからこそ、褒めて伸ばす事がいかに重要な事なのかが分かると言えます。

大人のイラついた気分を自身の勝手な屁理屈にのせて延々と叱りつけるのは、その子の成長の可能性を著しく止めてしまう事でしょう。

もちろん、明らかにダメな時はダメだと「しっかりした理由を元に」叱る事は重要です。

何事にも通じるかと言えますが、言葉のやり取りにしろ行動を起こす事にしろ「メリハリ」を付けて正しいか否かをはっきり示す事こそ、納得のいく叱り方・褒め方と言えるのです。

「調子に乗らせない」より効果的な褒め方とは?

ただ褒めまくり戦術をしたとしても、その子や部下が「調子に乗るんじゃないか?甘やかすような事はダメだ」と思う方もいるかもしれません。

では、調子に乗らせない褒め方とはどんなものなのか?それは「褒める内容を細かく示し、より具体的に褒めたたえる」という事をしてみましょう。

子供が学校のテストで高得点を取った場合などでも、苦手だった算数の分数の計算も今回はほとんど正解してる!

頑張って復習した甲斐があったね~エライ!など、具体的にどんな所を頑張ったかを改めて褒めてあげるとします。

その子は「承認欲求」が満たされもっともっと褒められたい!という成功体験が強く自分の中に残るのです。

そういった成功体験を具体的に褒めてあげる事で、子どもの成長速度はより倍加して伸びていくとも言われています。

既に大人である部下を褒める場合でも同様に「難攻不落だったA社によくこの大きな企画を通したな!」

というように粘り強く当社の強みと利点を説明して、何度も企画書を練り直し提案してきた価値があったな!よく頑張った!など、部下が特にどんな所に苦労してどう頑張ったかを見てそれをそのまま褒めたたえる。

部下は「上司はやはり見ていてくれたんだな」と思い、よりやる気を持ってさらに認められたいと感じ「承認欲求」をくすぐられるような感覚になるでしょう。

こういった、嬉しい体験・褒められる体験で慣れや飽きるという効果はありません。

承認欲求が満たされるような褒め方をすれば、何度褒めても人は深い喜びを感じるのです。

こういう上司に良き部下や人材はたくさん集まってくるので一石二鳥どころか、一石三鳥とも言えるのです。

まとめ

大人も子供も褒め称えて伸ばす!

成功体験は何度味わっても嬉しいものだ。