実は全く見てない、あなた自身のこと

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ここ最近では、電車内など公共の場所でのマナーなどからくるトラブルが非常に多くなっており、それが大きくなり事件化するケースにまで発展することも珍しくもありません。そんなマナーなど色々と気にしなければならない今の世の中で、私たちはどれほど周囲の人々に見られて居るか考えて見た事がありますか?都心のど真ん中の駅などで奇抜な格好をしたり大声をあげたり、極端な行動をした場合でも、あかの他人様があなたの事を気にかけるということは、ほんの一瞬か数秒程度なのです。

興味ある事にしか目が向かない人のサガ

端的に言えば、上記の例のように私たちはほとんど、第三者からは気にかけられてもいない、そんな存在であると言えるのです。例えばあなたが喧騒の中の日中の渋谷駅周辺を歩いていた時に、ハチ公前広場などで若者がロックな派手な演奏をしていたとき、あなたは一瞬はその若者の方を見るでしょうが、特に自分自身とすれば興味はありません

そのまま、忙しく仕事なり用事があれば立ち去るでしょう。すなわち、人は自分の興味に係る部分が少なければ少ないほど、より他人に関心を持たないことになるのです。でも、私たちはその事が自分の事になるとやたらと人の目ばかり気にしてしまう習性を持ち合わせています。思った以上に、他人は私に関心を持ってない、それが全く知らない人であるならば、なおさらの事で興味すら沸かないという事を、第三者目線で考えるべきではないでしょうか。

夢・希望・願い、人目の妄想に押しつぶされない

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人目を気にして、本当はやりたいことがあるけどやれない、会社を辞めて事業を興したい、社内の事でも良い企画案が浮かんだけど、あまりに前例のない事なので、人の評価が気になって行動に移せない、など他人の目線を気にしすぎて縮こまっがてしまう選択肢を、私たちは無意識に近い状態で選んでしまっていると言えます。より無難で安全な人に反対されないような、後押しされやすそうな方を通してしまいがちですが、それほどまでに自分の事は「気にされていない・見られてない」と分かれば、本当にやりたい事を選ぶのに今までほど躊躇せずにやってみる事って思ったより安易に出来ると思います。

人目を気にしてやりたい事もやれないという心配は、ほとんどの場合無用ともいえる心配事だったと気がつかされます。自分が第三者を見る目で考えると、人はやはり自分の事しか考えてない事がよく分かります。あなたは、周囲の反応を気にしてやりたくてもやれなかった事はなかったですか?そんな封印はどんどん解いていくべきです。