無事故表彰を受けてる乗務員ほど疑い深い!?

自動車での仕事をしていますが、やはり同様にこの仕事を何十年とやっている乗務員(運転士)にとある事を聞いてみた所、おおよそワタシも思っている事と合致する事があったのでご紹介します。

参考までに意見を聞いてみた人はみな、十年無事故表彰・二十年無事故表彰・またはそれ以上の年数の無事故表彰を過去に受けた人たちです。

そういった人たちでも、運転の仕方や考え方など人それぞれ特有の危険回避の持論を持っていますが、大抵に共通していたことは「自分を信用しすぎないこと」とありました。

自分を信用しないで誰が信用するんだ、という意見も聞こえてきそうですが、危険回避やこういった運転に関する事では「疑い深い性格」と言われる人の方が、結果として永年無事故表彰を受けてる人が多いように感じました。

なぜ、自分を信用しすぎないこと・疑い深い事が無事故に関係するのでしょうか?

単なるその人が素直じゃないだけじゃないの?(それもあるかも)だけでは、片付けられないのです。

自信と過信は表裏一体であり油断大敵だ!

疑い深い方が良い理由として、一番に来るのはやはり「絶対はない」という事があげられます。

右左折時の巻き込み防止・安全確認においても見落としはないだろうか、見ているようで見てなかったなんて事もあり、自分って思っている以上に不完全な仕事をしてしまいがちです。

それは無理もなく、人間が特別な精密機械でもなければケアレスミスというのは残念ながら起きてしまいます。

それでも「ん?なんかおかしいな」という感覚を持つ事こそ、明日の事故・トラブルを未然に防いでくれる事に変わりはないのです。

あまりに慎重すぎても、身も心も疲弊してしまいがちですが人よりちょっと疑い深い・信じ込みにくいというような特性は、自動車の運転においては、プラスに働いてくれる事が多々あります。

そして次に挙げられるのは、よく言われる事でもありますが「過信」は絶対に禁物だということ。

たとえ、本当に運転技術が高く事故やトラブルをずっと起こさず乗務してきた人にでも「絶対」という事はなくて、むしろオレは永年無事故だ!と自信を持っている人こそ、そういった時の方が自分に酔いすぎ万が一を見落としてしまいがちです。

もちろん、ご本人の努力によっての永年の無事故で来られたという事に変わりはないのですが、それでも日々変わりゆく街の交通事情などを考えると、本人の努力だけでなくある程度その時々の「運」にも左右されてくる事もあると言えます。

それを分かっているベテランほど「自分は絶対に大丈夫だ」と思ったり驕ったりする事はありません。

あくまで、結果的に自分は無事故でやってこれただけに過ぎず「運が良かっただけ」と客観的に見ており、いつ事故があってもおかしくなかったと思っています。

そういった意味で、他人様の長年の功績を称するものである無事故表彰というそのもの自体が、「過信させる」一つのツールにもなり兼ねませんので、思わぬ落とし穴だとも言えます。

仲間内などに対する「見栄」があったりで、見栄っぱりを称えるための表彰ではないのです。

自分の事だってさほど信用していない!事実を活かそう

自分を信用しすぎない・過信しないという事をお伝えしましたが、やはりこれは人生訓としても通用するのではないでしょうか。

人を信用しすぎない、信用にも絶対という事はありません。

100%その人の事を裏も表も知り得る事など不可能なのですから、当然ながら「こいつは絶対大丈夫だ!」何て言えるはずもありません。

人の事ならまだしも、ワタシに関して言えば自分の事だってそれほど信用していないのだからなおさらと言えます(笑。

振り込め詐欺のキャッチフレーズ同様ですが、まず立ち止まってみる事って人生において非常に大事だと思います。

ちょっとおかしいな?と疑ってみる事で防げる事故やトラブルは無数にあるのですから突っ走り過ぎない事も、自分が熱くなっている時ほど冷ややかな目線で冷静に見つめ直してみましょう。

まとめ

疑い深い・信用していないなんて言うとマイナスなイメージだなという言葉ですが、必ずしも全てにおいてマイナスとは言えません。

世の中に絶対という事はない。自分も他人も決して完ぺきではないということ。

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