今も昔も変わらない・職業に貴賤はある~けども?

以前に「職業に貴賤(きせん)はない」ということわざから、実際を考えて現実的には「貴賤はあるよ」的な意味の記事を書きました。

貴賤(きせん)とは、辞書で言うと「身分の高い者と低い者。貴い(とうとい)ことと、いやしいこと。」と出てきます。

職業や人によって、上下はありませんよ~というような意味合いの言葉です。

現実における職業の貴賤ってどうでしょうか。弁護士や医者や会計士・パイロットとか、そうそう簡単になる事が出来ない仕事はやはり昔からやたらと尊敬される?ような、一種の存在ではあります。

しかし時代は移り変わって、医者でも開業するとなかなか厳しいとか食っていけない、とか様々な言われはあります。

貴賤とは何か?貴賤より先にあるものを見落としていませんか?

今の自分を受け入れよう、全ての始まりはそこからだ!

端的に言ってしまえば、貴賤とは我々人間が勝手に作り出した職業的なイメージで単に上下してるだけに過ぎません。

デスクワーク・頭脳を使うと言われる職種が上位にきて、技術職・技能職はいわばそうではない的なざっくりとした住み分けが人の脳裏を過ぎるのではないでしょうか。

かくういうワタシもずっと技能職をやってきました。

率直にその中で感じたのは、どんな業界であろうと出来る人はトコトン出来るし、出来ない人は出来ないに尽きるのではないでしょうか。

出来る・出来ないというよりも、単純に職業の適性にあると思います。

好き嫌いも重要ながら、単純に向き・不向きも十分に適性という事に関していえば考えられます。

明らかに向いてないな~という人でも、自身の弱点をまめに把握し克服したことで、今でも頑張って続けてる人は職場にもいます。

多い存在ではありませんが、明らかに向いていないな~を乗り越えた人の方が結構辞めません。

「食らいつく」という事に関しては、スイスイ出来る人入りも遥かに抜きんでている人が多いと言えます。

真逆の人もいます。

何の話をしている時か忘れましたが、非常に印象的だったのがとある同僚は「自分の今の仕事の事を知り合いに言ってない」というものでした。

普通にタクシー乗務員であることに変わりないのですが、体裁が良くないと考える人は言えないという。

これが真逆の人です。

案の定、この方は数か月後には退職してしまいました。決して売上も落ち込んでいた訳ではないけど、やはり自分のプライドが許さなかったのでしょう。

どんな職業も上位集団を見れば貴賤などもはや詭弁にすぎない

どんな職種であれ、その分野でトップグループに入れるくらい圧倒的な成果を出さない限り、職業に貴賤はないという考えは当てはまらないと思います。

下と言われる職種でも、その分野でトップ集団にいる人たちの仕事っぷりはとてもじゃないけど、超人じみたものがあります。

売上もさることながら、休みの日でも情報収集など身体へのケアなど入念な努力は怠らず、スポーツのアスリートのような生活を送っています。

さらにほんの一握りのプロは、それだけの高い売上を維持しても事故やトラブルをほとんど起こしません。

どんなに高い売り上げがあっても、事故や苦情が多いと言うのではプロの世界では話になりません。

それじゃ意味が無いからです、単に危険な無理な運転をしているだけ。

そういう人を見ると、過去や今を否定しない人せず、自分の特性を把握して肯定出来る人こそ成功するのだなと、この集団を見て感じざるを得ませんでした。

まとめ

出来る・出来ない、貴賤のある・なしはその人次第。

地に足を付け自分を受け入れた人は、どこにいっても強い。

そういう人から見れば、職業に貴賤という話すらもはや詭弁である。

恋愛の話でも良く聞く、派手なイメージに捉われずもっと内面を見たら?なんていうとの似て通ずるところあるなとも思いました。