ハロウィンは日頃の憂さ晴らし大会in渋谷に過ぎない

ハッピーハロウィンとは何ぞや?

日本人は盆暮れ正月を大事にしてればいいのだと。

それはともかくとして、テレビなどでニュースなどを通して渋谷のハロウィン報道がさらに勢いを増して報道されているように思います。

特にここ数年、渋谷での過激かつ破廉恥な格好での練り歩き行動が社会問題と化しているので世の中の注目は非常に高いと言えます。

渋谷ハロウィンの思い出と言えば、ワタシごとき全く関係ないな~と思われるかもしれませんが、東京でタクシーの乗務をしてた頃は渋谷や恵比寿にいしました。

ハロウィン当日も乗務していましたが、当然ながら当時は必死に道を覚えていたので、その日がハロウィン当日だとは思ってもいません。

ヤバイ格好の若い男女が酒の勢いを借りて騒ぎたて、路上などに飛び出して非常に危険だった事を覚えています。

六本木通りのような片側三車線の交通量が多く流れの早い通りで、なかなか捕まらないタクシーを実力行使で身体で止めようと道路のど真ん中に飛び出す輩には閉口します。

本当にもはや無法地帯と化す渋谷~六本木間です。

西麻布交差点を外苑西通り・広尾の方へ曲がろうとした時、交差点のど真ん中の右折レーンで若い奇抜な女子に身体で車両を止められ、真っすぐ六本木に行けと言われたり。

もちろん断りましたが、交差点のど真ん中でそんな事態が平気で起こり得るのがお祭り騒ぎの恐ろしいところ。

群衆の心理とは、大多数が誤っててもそちらに力が傾けば、誤った方が正義となり正しいという結果を導きます。

明日31日はハロウィン当日でしょうから、渋谷は暴徒化する可能性もあるのでもしワタシが都内で乗務しているなら、渋谷は確実に避けます。

運ばれても「回送」「予約車」表示に替えて渋谷・六本木から脱出するでしょう。

ブログを書く上での一つの重要な気づきとは?

そんな日常徒然でしたが、最近ブログを書くうえでも一つの興味深い「気づき」に出会いました。

お得意のカーラジオでの話題ですが、早朝の鎮まった時間、いつものように無線待機をひっそりとしている時は大抵はラジオを聴きながら過ごします。

その中の会話で、ある作曲家と歌手の対談で思わずなるほどな、と感じたやり取りがありました。

出演者のお名前は忘れてしまったのですが、作曲家の方は誰もが知るような曲を世に数曲出しているような方で、歌手も知名度のある方だったと思います。

長年散々売れなくて苦労したけど、楽曲作りをする上で色んな人に、一人でも多くの人に聞いてもらいたいという一心で楽曲作りをしてきたという。

ある時、これは絶対売れる!といういつものような意気込んだ曲作りをせずに「ある人に聴いてもらいたいが為に曲を作った」ところ、見事にその曲が世に認められ大ヒットしたという。

知らない顔でもある、世の大多数の人の為に曲を作るより、身近な友人・知人・家族など知ってる人の為に具体的な顔を思い浮かべながら作る楽曲は強いのだという。

売れたい、認められたい、世の中を見返したい、というのは心意気としては大事かもしれないけど、その土台が人の心を魅了するかと言えば疑問である。

誰かの顔を思い浮かべながら作る先品には、より強い制作者の魂のようなものが宿るのかもしれない。

それが一般に言うような、楽曲のメッセージ性であったりその制作者のカリスマという抽象的な例えとして使われているのだろうか。

いずれにせよ、世に出て大ヒットを飛ばした曲は確かに歌詞を見れば、誰かの顔が出てくるような作品が多いように見受けられます。

売れようが売れまいが、純粋にその人の為に作りました!という一念は、時に世の中を大きく動かす力を発揮すると言えるのです。

まとめ

ワタシもブログでアクセスを伸ばしたい、もっと多くの人の目に晒して読まれたい、売り込みたいという一念だけでブログを書く事は、ちょいと弱めにしてみようと思いました。

人目に晒す努力はもちろん大事だけど、それだけに捉われるとなぜだか文章が響かない。

その思いが結果的に、誰に何を言いたいのか分からない中途半端な文章になってしまうのだろう。

「誰かの顔を思い浮かべながら作ってみました」は、映画やドラマや歌詞の中の世界だけと思いきや、我々の日常にも根ざしている部分がありそうです、ね。