意固地なこだわりより、柔軟な妥協が人を呼ぶ

タイトルのように「人生は妥協だ」なんて言うと、この筆者は何を言っているのか?やる気がないのか、どこまで投げやりなんだ。

そう思う人も多いかもしれません。

妥協と言うと、ハナから物事を諦めたり真剣に物事に取り組まないような状態を思うかもしれません。

むしろ、もう少しやわらかく言うならば全ての物事にいくらか「融通を利かせる」という事と言っても良いと思います。

世の中の風潮としては、何事も安易に考えたりなまじっかな考えで物事に取り組むな、そして簡単に妥協するな!というような教えがあるでしょう。

確かに、やるべき事はしっかり行うというのはもちろん大前提ですが、何をやるにも融通を利かせられない、自分の主義・主張ばかりするのは穏やかではない。

何の物事にも言えますが、その方がかえって物事がすんなりいかず、揉める事も少なくありません。

そうではなく、自分のあるべき姿勢を柔軟に「一歩引き下がる事が出来る人」は非常に賢いと言えるのです。

自分の思いや、その強い意志を相手に述べたり圧しつけたりすること自体は決して難しくはありません。

その譲らない姿勢よりも、柔軟に相手の意見も聞きつつ自分の意見とすり合わせが出来る事が望ましいと言えます。

相手との調整能力に長けているとも言えるでしょう。

人間というのは自分の意見が正しいと、どうしても一辺倒に押し付けてしまいがちです。

冷静になおかつ客観視して見れば、相手が言う意見だって十分に一理あるケースだって多々あるのかと思います。

それでも自分の主義・主張、または意見を一方的に押し付けてしまうのは人として決して利口な事とは言えません。

引くことを知らなすぎるその姿勢は、時として愚かと言わざる得ない時もあると言えるでしょう。

押してダメなら引いてみろ!人生は柳の木のごとく

人間社会の意見のぶつかり合い・やり取りを見ると必ずしも自分の意見をごり押しするのはいかがかな?という所です。

そういった所で、自分の意見を持ちつつ・相手の意見も立てつつ、いわばいくらかの「妥協」する姿勢は人としての柔軟さ、懐の深さを示すと言えます。

妥協という言葉を聞くと、どうしても「安易に取るべきでない」などマイナス的に考えてしまいがちですが、良い意味での妥協はもっとあって然りなのでは、と感じます。

仕事でも妥協はするな、許されない的な風潮がより強い現代社会ですが、妥協する事自体は必ずしも悪い事では無いという事を認識する必要性がありそうです。

妥協の一番の利点は、人と不要な争いをせずに済む効果も含んでいます。

もちろん、ここぞという部分では安易な妥協は危険ですが、譲れる部分についてはいくらでも妥協できる人の方が、柔軟性があると言えます。

そういう人こそ、不要な争い・闘いをせず穏やかに生きていると言えます。

柳の木のごとく、時にしなやかに・そして優雅に穏やかに仕事も日常も過ごして行きたいものです。

まとめ

引ける所はどんどん妥協しよう。

今の世の中、妥協できない人や不要な些細な争いごとが多すぎる。