身の回りのデジタル化~何が変わってきたか考える

身の回りのデジタル化と言っても、あまりにたくさんありすぎて絞り切れませんが、ふと仕事中に聴いてたラジオからの疑問です。

昼間の大好きなラジオ番組TBS「ジェーンスー生活は踊る」を聴いていた時、一つのコーナーで「今こそ使うべき最新バス事情」という部分で考えさせられます。

バスとはお風呂ではなく、交通機関の路線バスの事を指します。都営バスや民間バスの最新お得事情を知らせてくれるもので、生活に根差した部分を紹介しています。

路線バスも各車両にGPSが搭載されてる関係で、乗ろうとしているバスが今どの位置に走っているのか、あと何分後にバス停に来るかなど知らせてくらる進化を紹介していました。

タクシーでも、大手各社が配車アプリの開発合戦でモバイル・デジタル方面からお客さんの囲い込みにどこも躍起になってるくらい、デジタル化は著しく進んでいます。

その路線バスのデジタル化は、バス停ごとの通過時間なども全て秒単位でまで感知出来るので、正確そのものと言える位の精度と言えます。

便利情報として聴いている分には素晴らしい情報なのですが、やはりかつてバス業界にも従事していたので、どうしてもその裏で考えてしまいます。

それは何だったか、デジタル化がもたらす新たなる懸念とは?

寸分狂わぬ正確さ!デジタル化ゆえの落とし穴もあった

便利で正確にバスの位置や乗れる時間などが分かるのは素晴らしいですが、バス乗務員側もかなりデジタル進化しています。

一番には、バス停ごとの通過時間が一分単位で正確に乗務員も分かること。

電車もバスも、決められた運行ダイヤで動いていますので、いくらかの遅れは許されても、その真逆の「早発」は絶対にご法度、許されません。

早発とはいわゆる、時間より早く通過してしまうことを指します。

もちろん、その決められた時間にバスが来ますよという意味ですから、時間前だけどもう行っちゃいました~は当然通用しません。

その早発の度がひどいと運輸局に通告され、会社単位で改善命令など出されたり事が非常に大きくなり、あまりに酷ければ運行を行政から止められてしまいます。

下手に時間がありすぎる路線はかえって時間調整ばっかりしないといけなかったり、無駄にゆっくり走らないと行けなかったり運行自体が結構ストレス溜まります。

ゆっくり時間を合わせながら走る事とは思った以上に、やってみるとかなり難しいのです。

逆に本来通過すべき時間を遅れている時、運転手によっては●分遅れていると焦ってもしょうがないけど焦って飛ばしてしまった!という乗務員も必ずいます。

バス停ごとに通過時間が決まってしまってるがゆえに、万が一遅れた時の余裕が無くなっている事実もあるということです。

お客さんによっては、何時のバスだ、どこを走っていたんだ!と怒り出す人もいるくらいです。

そういった意味で、全てにおいて分単位で管理されると、運行する側に余裕が無くなります。

一昔前のように、途中の主要なバス停の通過時間だけ決まって、それを越えないようなペースで走ればいい、くらいで運行する方が運転する側とすると、心理的には非常に助かると言えます。

便利にはなったけど、全体的に管理され過ぎてしまい働く側にゆとり・余裕が無くなってしまったというのもまた一つの事実なのだと痛感しました。

まとめ

今も昔も、両方共の良い所を残しつつ業務に取り組む事は出来ないだろうかと考える。

ひと昔前位のやり方で、大まかなバス停の時間ごとに動くやり方がベターなのだが、技術も文明も時代は日々進化していく。

便利になりすぎ・情報が見え過ぎた時代でこういった苦情をもらわないためにはどうするべきか。

結局のところ、ワタシたちが一人一人が目の前の事実をすんなり受け入れる事が出来れば、問題などは発生しないのだろう。

なぜバスが時間通りに来ないんだ!から

→来ないこともある、そんなもんか。

と、受け入れることが出来れば全ては変わるのだろう。

文明が進化・変化するよりも

自分が変わることの方がよっぽど大切

と、気づかせてくれる事例でした。