落合博満著「采配」を読んで、一部からの感想

色んな本を読んでいる中で、最近特に面白かったなーと感じたのが元中日ドラゴンズ監督・落合博満さんの「采配」という著書でした。

文字通り本の内容的には、落合さんが監督時代に特に経験してきたエピソードを色濃く紹介されています。

当時のエピソードを添える形式なので、裏話的な楽しさもあって好きな人ならすんなり読めてしまう。

ワタシ個人的に落合さんの事が好きなのでこの著者を買いましたが、何分特有のクセのある人物でもあるので氏を敬遠しがちの人も多いのも事実。

しかし、選手時代・監督時代も含めてこれだけ有言実行で実績を残した人物は他に居ないのではないだろうか?というくらい、選手のみならず指導者としての実績も抜群だと言えます。

そんな氏の著書の中で、我々一般人にも十分共通認識として「これ実際にあるな」と思ったこと、こう考えるべきなんだなという事を組織的な例を通じ紹介してみたいと思います。

落合博満の組織論・指導者と選手のついて

落合氏の著書に「今の若い選手は自チームの指導者を値踏みする」とのこと。

どういうことかといえば、その監督・コーチが現役時代にそれほど実績(数字)を残していないと「あの人には言われたくない」という風潮になるという。

ワタシらも、確かにそういう風に思ってしまう事ありませんか?

例えば、新しく赴任した上司は元々は技術畑出身の人で、営業やその管理の事なんて出来るのだろうか、実績何て無いに等しいのだろうに、とか思ってしまったり。

これは色んな職場での「あるある」だと思います。よく知りもしない人の事を、ちょっとしたその人の過去の肩書だけで判断してしまうということ。

落合氏は著書の中で

「どんなに高い実績を残したとしても、経験出来なかったことなんて山ほどある。

だからこそ、出来なかった事を徹底して勉強し、たとえ現役時代に目立った実績を残こしてなくても、選手から一目置かれる指導者でありたい」

という。確かに高い実績を残したからといって、どれだけ指導者として後に役立つことを経験出来たかと言えば、やはり限られてくるだろう。時間は有限だからだ。

日常の会社組織などにいるワタシたちも、上司の一部だけしか見ずに「あいつはダメだな」というのは愚かしい事であるとも言えます。

どんな人物が出来る指導者=名将に値するか?

プロスポーツにおいて仕事が出来る指導者とは=チームを勝たせる監督であること。

一般会社組織において仕事が出来る人とは=数字を挙げられる人や売上を叩きだすことが出来る人。

もちろん、数字が全てとは言わずとも勝つにしてもそのプロセスも求められるのは、プロスポーツでも一般企業でも同じこと。

自分が経験してきたこと、学んできた事をいかに選手・部下に分かりやすく伝えて指導する事が上手い人が、結果的に勝てるチーム(部署)を作り上げ引っ張っていく。

そういった意味では非常に共通点の多い氏の指摘であると思います。

名選手は名監督にあらずなんて言葉も球界には残るくらい、監督となり選手の上に立ち、指導・采配する事とはこの上なく難しい事なのだと感じる。

この言葉の面白い所として、逆に現役時代は光らない人でも、指導者として名将として名を上げる事も十分にあり得ること。

サッカーの日本代表監督を見ていると、特にその要素が強いのかなと感じられます。

まとめ

自分が出しゃばらない、選手・部下の長所を見出す・伸ばす能力に秀でた人こそ名将の予感。

統率力も大事だけど、上司は目立たない位の人の方が実は確実に実績伸ばしてたりしますからね。