今年はこうありたい!80%の輩に

新年早々、今年の目標はどうしようもんかね?と思ったらワタシは「怒り」を減らす事に注力を注ぎたいと思います。

とにかもかくにも、日々時間や売り上げに追われなんて生活をしていると、何かしらセカセカ慌ただしい一日に終始してしまいがちです、18年度はそんな一年といっても良かった。

売上の目標値を達成しようとして、あと●円~あと一回なんて営業の仕方をひたすら繰り返していてもこれもまたストレスはたまる。

乗客に●時までには何が何でも到着したいんですけど、なんて言われて焦らないふりしても内心では何とか間に合わせようと焦って運転する、これもタブーでしょう。

100%の達成を目指そうとせずに、80%…いや70%の出来でも本心から良しとしよう!と心底思えるような過ごし方をするのが、しいて言えばの目標でしょうか。

これはアタマで理屈は分かっていても、人間の本心なんて欲望とか執着とか色んなもんが混ざり合い、絡み合ってるからアタマで思うほど簡単に納得出来ないのですね。

これを克服したいな、と思います。そのためにはまず、昨今やたらよく聞く言葉ではありますけど「断捨離」思いを捨てる事に始まるでしょう。

色んな数字との付き合い方が、日常生活を穏やかにもしてくれるだろうし、時に激しく揺さぶってくるものでもあるのでしょう。

本日成人した人は98年生まれ・あなたの1998年は?

今日は朝イチから成人式関係の予約仕事で、日が出ないうちから非常に賑わいました。

成人式といえば、女子の振袖姿と一部男子による意味不明な退場処分にもなり兼ねない立ち振る舞いがどうしても話題になります。

今日成人を迎えるのは全国で約123万人迎えるという。

自分の時の十数年前の成人式を考えると、三十万人近く減少している事を考えると時代の少子化の波というのはますます深刻だなと考えさせられます。

特に変わった思い出というのもないけど、その当時一緒に「居合わせた」同級生が、やたら気合の入った自前のオーダーメイドスーツを着ていてさりげなく(もないか)自慢していたのが思い出される。

そういう人に聞いても欲しい時こそ、人はあまり良い反応を示してくれないのは人生の心理の一部なのかもしれないと、今さらながら思います。

何かその後に打ち上げで飲み会したという記憶もなく、何をするわけもなく帰っただけだったかな?

出来る親御さんは、子どもが着替えた振袖をしっかり駅なり待ち合わせ場所で受け取り、持って帰ってあげるという優しさ。

着替えくらい家でしてから出かけやがれ!と十数年経った今では思うのですが。

そして、新成人が生まれた1998年に我々は何をしていたか、中学生時代の後半戦に突入した頃だろうか。

サッと思い返すだけでも、当時大ファンだった横浜ベイスターズが悲願の日本一達成したとか。

校長先生がねずみ男に似ていたとかで喜んでいたとか、何だか思い返すだけでも偏差値の低いメデタイ野郎だったなと思います。

それらをふまえw、今考えてみれば、中学生にして学力の差ってその当時で相当の差があったように思えます。

もちろん、その当時で学年のトップクラスに入る人は有名な大学に入った事でしょう。

そう考えると、学力などの過渡期というのは小学校後半から中学校に入るころあたりになるのだろうか。

その頃どれだけ勉強するなり下地をどれだけ作ったかで、かなりの差が出てくるのではないだろうか。

そういった意味で、自分も取り掛かりが早変えればまた違った人生があったか?

なんて今さらになって思ったりもしますが、優良な大学・会社を経たからといって人生が優良になるかと言えば全く別問題。

学歴やその後の経歴も大事だけど、同時にそれ同等・それ以上に大切なのは自分は一体何がしたいのか、どうしたいのかをハッキリ描けるか否かにあるのではないだろうか。

98年の自分自身、そこまで考える事はまず無かっただろうがこれからどうなるのかな?といった、漠然な不安は常に抱えていたのは記憶にも残っています。

20年経って言えるのは、どう転んでも良いけど自分が後悔しない道を選びたまへ!に尽きるだろうか。

現に自分自身、そういった足取りを運んできたしなあ。

本当の意味で「成人しました」なんて一体いつになったら言えるかな、と思う晴れの日成人式の日でした。

まとめ

40歳なのか50歳なのか分からんけど、成人しましたって胸張って言えるのって人生の後半になってからのような気がする。