オタク・マニアは強み!一芸は身を助ける

この間も少し触れましたが、中日ドラゴンズ元監督でもある落合博満さんの著書「決断=実行」の中から。

落合氏が監督を務めていた時、新人を獲得する一つの材料として何か一つ秀でた能力があればどんどんドラフト指名にかけて良いと思っていた、と著書の中で書かれています。

物凄い長打力があり抜きんでている、バカがつくほどの強肩、投げさせればプロ顔負けの剛速球を投げる、そんな学生・アマチュアを求めていたという。

ワタシたちの思い込みでもあるかもしれないけど、プロになるには~と考えると走・攻・守ある程度揃っていないと当然なれるわけがない、という点です。

現実的に、プロで通用すべく三拍子の揃ったアマチュアなど、そうそうに存在するわけもない。

その中でプロの目にとまるには、やはり何か一つでもずば抜けて秀でた能力があれば、それら育てるに値するという考え方です。

プロ野球に関わらず、この話というのは一般社会でも同じなのではないかと思いました。

いま、そういったオタク・マニア的な強みの部分がなかったとしてもそれは、ちょっとした意識の転換で強みに変える事が出来ます。

好きを自分の強みとする=武器とする

あくまでワタシの場合の実例です。

理由はよく分からないけど、幼い頃から車や乗り物全般が好きないたってよくある普通の男の子でした。

旅客機のパイロットになりたい、新幹線の運転士さんになりたい、バスの運転士さんになりたい、子どもがよく言うあのパターンですね。

そういうのって、ある程度年齢が経過するにつれ徐々に年相応というのか、変わってきたりするものです。

しかし、ワタシの場合は何故か全く変わらず、そのまま大人になって「バスの運転士」になってしまいました。

単純に車や大きなものが好きだったというのもあるのですが、ただ単に好きを強みに、武器にした訳でもないのです。

好きで興味があったから、誰に強制されるわけもなく運転の仕方や、大きなクルマの感覚を覚える事が出来ました。

普通免許も持ってない当時の未成年だったワタシは、通学で毎日乗る路線バスで一番前に座り実際の運転士をただ観察していました。

マニュアル操作も仕組みも何にも分からないけど、運転士の動きだけ観察して半クラッチってどんな風に扱うのか、右左折する時どれくらいのタイミングでハンドルを切るのか、など。

免許を取れる年齢でもないし、今すぐ役に立つわけでもないけど、それを見ていたおかげで実際に免許を取得する時はさほど苦労はありませんでした。

そのあたりから、ちょっと好きかな?が強みに変化していったのだと思います。

普通自動車免許を取得して丸三年、ようやくバスの免許=大型二種免許にトライし取得する事が出来ました。

好きこそものの上手なれ、のことわざではないけど損得・利益なしに覚えた事は何も考えず自然と知識・技能ともなり得るので凄まじい力を持っているのだなと後になり実感します。

劇的にお金にはならないけど、使命は何にでもある

そんなこんなの経緯も手伝ってか、ワタシは漠然と「ちょっと好き」を歩き続けています。

一時期は今の生き方に疑問を感じ、このままで良いのだろうか散々迷ったけど、やはり元の道を歩いている感じです。

人間とは思わずやってしまった事が本当にやりたかった事で、考えてやろうとした事は必ずしも本当にやりたい事とは限らないと学びました。

なぜなら、そこには打算が働くから。

もっとラクに金を稼ぎたい、もっとおもしろ楽しく仕事したいなど。

ただ、好きという気持ちに善も悪もなく、打算も働きません。

コレが好き、コレがやりたいに損得はなんて邪推はなく、素直に自分の欲求に応えたまでなのです。

そういったものに、自分の本来やるべき使命があり全うすべき道があるのかもしれません。

アレしよう、コレしよう、もっとあーしたい、こうしたい、そう思えば思うほど、自分の本来進むべき道から外れてしまうかもしれません。

自分の内なる「好きだ」という感情に素直に従い、それを突き詰めてみて「強味」とし、さらに掘り下げ磨いてみる事でそれは「武器」となります。

武器となったものこそ、自分の技術であり技能であり、最大の長所になる所ではないでしょうか。

一つの事を追い求め、磨き続ける事もオタクでありマニアであり、はたまたスペシャリストというのである。

まとめ

もし迷っても、好きなこと・気になる事はひと通り掘り下げてみると何かが変わります。

何かが変われば、自分の見えない部分の何かが分かります。

何かが分かれば、自分の進むべき道が自ずと見えてくるのではないだろうか。

迷った時こそ好きなものに意識を傾けてみてはいかがだろうか。