小難しく考えがちの文章、ワタシもその一人

昔から作文だの論文を書くのが苦手、むしろ国語全般が苦手と思う方って多いかもしれません。

小学生の頃から付きまとう国語と作文、夏休みの宿題ともなれば読書感想文とか当たり前のように、作文を書かなければならない課題はありました。

高校や大学とかになると、今度はある一定の課題に対して調べたり研究したりして、それらを分かりやすくまとめて論文にせよ、なんて言われるとめまいがする、なんて人もいるでしょう。

ワタシもこうやってブログにして何かしら書く事を続けてはいるけど、時として何故だか書けなくなる時が定期的に訪れます、

それはどんな時に起こるかちょっと考えました。

文章が書けなくなる時・自分の力量以上を望むから

見出しのタイトルのように、自分の力量以上の事を成し遂げようとするから書けなくなります。

必要以上に良いものを書こうとする意識は、時として大いにあなたの足を止めるものともなり得ます。

思い込みの力というのか、もっと内容の濃いようなものを、そしてより意味のあるものを、さらに多くの人に読んでもらるように、など色んな事を思い考えます。

すると、どうなるか。

決まって書けなくなります。

ワタシも、ブログのネタに困り「さて真剣にどうしようものか」と唸りはじめると、同様に決まって書けなくなります。

そういう時に思う事って大抵決まっていて、いかに人に読まれ、良いと言ってもらえるような記事にしようか考えてしまってる時です。

必要以上に人から読まれる目線を意識すると、途端に書けなくなります。

書こうとすると筆が止まる、コレ書いても面白いと思ってもらえるだろうか?急に冷静に考えてしまうと、結果的に何かイマイチだなと消してしまう。

自分が素直に思っている事をそのまま書けば良いのですが、良く見せようとする思いがかえって邪魔をしてしまう典型例なのです。

まとめ~一気に書き上げてしまおう

今までも色々と書いて来たけど、実力以上の事は書ける訳もなし、変に欲を出さず素直に思った事を書けば良い。

本読んで感化されたこと、それをそのまま書いたらパクリにならないだろうか?と思っても、自分の言葉でまとめ書き上げればそれはそれで、あなたのオリジナル。

純粋に真っ白な所から全てを作り上げ論を唱える、というのは過去数千年の文学の歴史を振り返って見ても大半の事は既に「答えは出ている」に尽きるのです。

だからこそ、完全無欠のオリジナルを目指す事よりも、あなたの言葉でまとめ練り上げて発表する事を続けることの方が、はるかに大事なのだと言えます。

あなた(ワタシ)が脳内で思った事も、表に出さなければ単なる思ったこと、で終わってしまう。

少しでも外に出して人目に触れる事で、それが後にとんでもないキッカケを生み出す事だってあり得るのがネット社会の面白い所であり、大きな利点とも言えます。

カッコつけずに、好きでやってるからいっか~位の調子でどんどんアウトプットしてしまえば良いのです。

ちょっとのアイディアが後の大きな作品への第一歩になることだってあるのだから。

もはや、体裁は二の次なのだ。

上手い人の文章は決まって、分かりやすくズバッと短文で言い切る。

これほど、伝わりやすく説得力のある形は無いと思います。