本当の強さと勇気、その心意気を頂きました

Yahooのヘッドラインニュースやテレビ・ラジオなどでも競泳女子・日本代表であり期待の超新星である池江璃花子選手の一連の発表に全国的に大変な驚きがあった。

細かなことは、報道などでの通りなので割愛させて頂くものの、池江選手は若干18歳ながら白血病と発表し、凄い勇気のある人だなと思った。

もし自分の事と置き換えて考えてみたら、とてもじゃないけど池江選手のように全国へ向けて率直に発表できただろうか。

いや、絶対出来なかっただろうな。

ワタシは、そんな勇気無かったな。

何で急にそんな事を思ったのかといえば、かくいうワタシも目の病を患った。

血管新生黄斑症といって、視野に異常が出てしまう病気で一般的には黄斑変性症なんて言い方もする。

知ってる方はこの病を知っているかもしれませんが、難治性の病気の一種で視野に異常をきたす病だ。

ワタシの場合は、右目に何となく見えにくいような異常を感じ、ちょっとおかしいなと思い近所の眼科で検査をしてもらった所、大学病院で支給、精密検査を受けてきなさいと。

近所の眼科医からも言われてたはいたものの、精密検査の結果やはり黄斑変性症だった。

もちろん、このまま放置すれば失明する危険性の高い病気ということで、至急治療の必要性があった。

治療といっても、あくまで症状の進行を止めるもので回復させるための治療ではないということを事前に医師から伝えられる。

見えないわけではないけど、明らかに右目がぼやけて見えにくくなっており、そのぼやけた部分も症状が進めば拡大する。

そうなると健常な視力は出ないので、仕事どころか日常生活にも支障をきたすのは間違いなかった。

あの診断を受けた時は、今までにないくらい落ち込んだ事を池江選手の報道をみて思わずフラッシュバックしてしまった。

治療といっても、説明を受けるも直接白目の一部に注射を打つ「眼球注射」というものだった。

医師は慣れてるのでサラッと言うけど、目ん玉に直接注射を打つなんて考えもしなかったし、とにかく得体のしれない恐怖を感じざるを得なかった。

症状にもよるけど、状況によってはその眼球注射を三か月に一回打たないといけない可能性があるとか、その注射は一回5万円掛かるとか、色んな不安が一気に聞かされ押し寄せてきた。

最初の発症から約一年半近く経て、眼球注射は三回行いましたが早期発見も功を奏して、見えにくかった視野もほぼ回復してくれました。

ほんのちょっぴり、ちょっとアレの部分かな?という所は残るけど、当初を考えればどれだけ救われたことか。

もちろん、これで終わりという訳ではなく三か月に一度は定期健診の眼底検査を受けることは必至だし、また患ってしまう可能性もゼロではありません。

だからこそ、健康全般を見直そうって一大決意して実はダイエットをしたのが本当の理由。

痩せたからといって、黄斑変性症を必ず防げるわけでもないけど、根本的に全て見直す必要性はあるだろうな、と感じて一念発起した。

黄斑変性症関係の医学書とか、健康・病全般の本を貪り読んだけど健康の根本は血液にあるという。

血液をきれいにすれば、おのずと身体全体が回復する、持って備えた人の力をより強化するとも書かれていた。

クスリだけに頼らず、自分の身体に備わっている本来の回復力を高めるには、やはり血液をきれいにする必要性を強く感じた。

発症する前は肉だラーメンだ脂っこいもの大好きで、相当栄養が偏っていたと思う。

そんな事もあれ、それくらいの理由がなければ、正直七カ月で25㎏減量とか出来なかっただろう。

良くも悪くもだけど、黄斑変性症は人生の流れを大きく変えてくれたターニングポイントになった。

まとめ

黄斑変性症を患った話は、隠す事でもないけど何となく言いにくかったし、特に公表するつもりもなかった。

でも昨日の池江選手を見て、どこか自分も励まされたような思いを勝手に感じてしまった。

若干18歳なのに、なんと強い子なんだろうなと心底感じる。

これは一度、絶望の淵に立たされないと分からない。

白血病のことについて、詳しく分からないのでコメントは出来ないけど、とにかく頑張ってほしいに尽きる。

諦めないで前向きに、身体に少しでも良い事は何でも取り組んで欲しい。

池江選手のおばあちゃんのコメントが出ていたけれど「水泳なんていい、とにかく長生きして」はとてもよく分かる。

生きてさえいれば、また何か出来るし、何でも出来る、何度でも返り咲く事は出来る。

生きていく上で、地位も名誉もお金も大事かもしれない。

しかし、元よりその土台は身体健全があってはじめて成り立つ。

Health is better than wealth.=健康は富に勝る

池江選手の事はよく存じてなかったけど、今回の件を通じて改めて頑張ってもらいたい。

症状は違えど同じく病と向き合ったものとして強く願っています。