引退宣言って必ずしも必要?グレーもええじゃない

自分よりか少し前に同じく自分の文章を世に送り込みたいといってたあるブロガーさんが、ブログを閉鎖しますといってる記事をあげていました。

正直、ワタシなんかよりも志も熱意もよほど高く非常に前向きな方だったのに、そして何よりもたくさん書き繋げたブログの記事を丸ごと削除してサイトごと閉鎖しようという事に非常に衝撃でした。

ある種の引退宣言のようですが、全てにおいて白黒つける必要って必ずしもないと思うのですよね。

特にブログとかもうそうだし、自分で音楽や美術など作品を創作する全般の人に通じますが、過去の作品を全て無にするのはもったいなくないのかな、と。

著名人にも見受けられるけど、引退宣言って必ずしもしなくてもいいように思えるのです。

もちろん、、色んな考え方があっていいと思うのですが。

アニメの巨匠・宮崎駿監督も数度も引退宣言されてるけど、やはり根っからの創作意欲が非常に強い方だから、また描きたい世界が出来上がれば作品を作り上げてしまう。

それでいいんじゃないかなって思うのです。

前々回のブログでも書きましたが、やりたきゃやればいいし、やりたくなきゃやめればいいわけで。

そんな中で、この辞めようとしてる方のブログで気に掛かった一文でこんな部分がありました。

>書き続けたら何かが見つかって、何かが変わるかもーという希望に満ちていたのですが、そこから数年。

>そんなもんでもないなーと言うところに落ち着きました。

書くことが無い日なんてない!というくらい、あれだけ文を書くことが好きだと信じて止まなかったけど、行きついた所は

そんなでもなかったな、というような所に落ち着かれたようです。

ワタシもそうなんだけど、何となく分かってはいるんですね。

確かにこのまま文章を書き続けた所で世に出よう、とか売れる!などは、まずよっぽどの事がない限りそうそう無いだろうな、と。

収益化するということは、世に求められ必要とされる事であり、時としては清濁併せ飲むような場面も生じてくるでしょう。

それでも売れようが売れまいが文章を書くこと、何かを創作し続ける事はもはや自分のライフワークだからこれからも続けるだろうな。

また数か月休む事もあるかもしれないし、それでもまたよっこらせと起き上がって続けるだろうな。

そう断言できる人が、ふと何かの拍子にいわゆる「世に出る=認められ自分の作品が売れた」ということになると思うのです。

今でいう「バズる」っていうのも、非常に似たような感覚ではないでしょうか。

小難しい事などなにもなく、最後に言えるのはごくシンプルにそれでもやったかorやらなかったかの違いに過ぎないと感じました。

まとめ

ワタシは何でまた再開したかと言えば、ブログを上げてFacebooktwitterに投稿する事で、どこかの誰かがいいね!押してくれたり友人がコメントしてくれたりするし、発信するのが楽しいから続けていると言えます。

疲れたらまた休めばいいし、猛烈に突っ走りたければ書き続ければいい。

何もかも全て無かったことにするのは、本当にもったいないなあと感じる。

グレーゾーンでブログをしばらくほったらかしにしておいたっていいじゃない。

それゆえに、引退宣言なんてしなくてもいいのにな、とふと感じるのでありました。