漠然と生き方が定まっていないワタシが考えたこと

ここ最近、暑さも本格的になってきて仕事も私生活も忙しくなってきたので、どうにもへばり気味だけど久々に何気なく読んでみた本の中に何となく自分の中でここ数年モヤっとした事の答えが書いてあるような気がした。

暑さも本格的に始まるだろうか。自分の誕生日も近くなるこの時期はなぜか毎年複雑な気分になる。まずは、一年のもう半分があっという間に過ぎてしまったということ。

本格的な夏を迎え、そこから時が過ぎて一年の年末に差し掛かるのが異常に早い。

親が年を重ねるごとに時間の経過が早く感じる、特に30代~40代のうちはあっという間で、50代に入るといくらからペースが落ち着いてきたような感覚だ、と言っていた。

まさにそのような感じで、それをこの真夏に差し掛かる時期に「やばい、もう一年経ってしまう。また歳が一つ上がってしまう」というように、妙な危機感はワタシの中でこの時期特有なのだ。

かといって、仕事が不調というわけでもないし、体調を壊しがちだとかそういう事でもなく全般的には順調ではあるけど、漠然とこのままでいいのかなという疑問は常々思う事がある。

ただひたすらに歩き続ける事の難しさとは

そんな漠然とした疑問を持ちつつ、たまたま読んだ本の中にこの漠然とした大きな疑問にどことなく応えてくれる一節があった。過去にも何度か紹介した千田琢哉氏の著書で新刊「自己肯定感が上がる100の言葉」より一部抜粋。

「人生において、評価のある・なしは重要な事ではない。あなたは淡々と成すべきことを成していればいい」

「大切なのは誰にも褒められない、認められないのに継続できる何かをもつことである」

というくだりがある。その説明文がワタシは何よりも打たれるものがあった。

> 20世紀に活躍したロシアの作家レオニード・レオーノフの長編小説「穴熊」に名もなく貧しい帽子職人の老人が登場する。革命直前の貧民街を背景に描かれた作品だ。

> その帽子職人は来る日も来る日も、淡々と帽子を作り続けるのだ。支配者が誰になろうが、国家の体制が共産主義か民主主義かなどは一切関係なく、彼はただ帽子を毎日作り続けて、自分の使命を全うした。

それこそ、20世紀のロシアとは紛争と革命の時代でまさに長い歴史の中でも特に激動の時代であった時だ。

国の一大事であろうが、自身の生活を揺るがしかねない事態でも、老職人はただひたすら自分の出来る仕事に没頭した。自分がやれるべき事をやるというのは、この老職人を指し示すに違いない。

誰しも地位も名誉もお金も欲しいと思うかもしれない、思うだろう。

そんな様々な思考や欲求が自分の脳裏を駆け巡る中で、本質的に見失ってはいけない事とはなんだろうか。

まとめ

自分の成すべきことを成す。そしてその繰り返し、日々淡々と過ごす。

えらそうな事を書いてみたけど、これ難しい。

他人と比較する、自分には本当にこの道でこのままでいいのか?

日々悩むけどそれでも迷った時は、20世紀のロシア帝政末期という激動な時代に、自分の立ち位置を見失わず使命を全うしたロシアの帽子老職人の生き様を思い出したい。

どんな分野であれ、それが世の中に評価されようが・されまいが、一心不乱に我が道を行く人は強い。

そして、心底尊敬します。

そうありたいものだ。