才能とか持って生まれた能力なのか、嫉妬するとかそういうレベルもはるかに飛び越えて凄まじい人たちって世の中にはいる。

スポーツ・芸術(音楽・絵など全て)・芸能とか特にそういった分野ではそういう差というものなのか、特に分かりやすい世界だ。

仕事中などヘビーラジオユーザーのワタシとしても、特にそういうのを最近よく感じている。

スポーツニュースでアメリカバスケットの八村、女子ゴルフの渋野というように、若干二十歳前後で世界を制してしまう選手の活躍には驚くどころか圧巻するばかり。

深夜帯の明らかにトラック、タクシー運転手などを意識したかのような、文化放送の「走れ歌謡曲」あたりを聴いていても若い世代の活躍が目立つ。

無理もなく日野自動車がスポンサーだけあって、交通情報や安全運転に関する情報も要所要所に入れてくるあたり、50年続く番組だけある。

何気なくそんな番組聞きながら早朝4時から街に出始めるけど、ふとラジオ聞きながら若そうな演歌の新進気鋭の歌手が売り出している。

この彼も若いんだろうな~と思ったら、やはり20歳だった!

視力は悪いけど、聴力や音感には自信あるワタシとしては彼は上手い、久々に素直にこの人上手いなと思った歌手だ。

彼はきっと売れる、芽が出るだろう。良い師に恵まれ、良いレコード会社にも所属している。

こういった才能で出てきたような若干20歳の彼も小さい頃から民謡で鍛えていたようだから、才能だけで出てきたわけでないのはよく分かる。

声質や音感はかなり才能の分野でもあるだろうから、やはり努力だけじゃダメなんかね~世の中はとは思う。

とはいえ、どんなに才能があろうが無かろうが、それを活かすもダメにするのも自分次第。

限りなく上等な才能を生まれ持って持ち合わせていても、それを活かせるか否かというのも自分次第。

すぐに眼が出なくとも、じっくり育て開眼させることで大成する事だってあるだろう。

そういや、今日は新しい車が納車されるので、馴染みのクルマ屋さんに行った時の話で、

「人生とは後悔が付きものでまさに後悔の連続。どんな道を歩こうとも後悔する生き物でもある」なんて流れの話になった。

新車を納入するにあたりなんて会話してんだよ、まるで車を買った事が後悔の連続みてえじゃねえか、とも取れる内容だが、全く違う話でたまたま出たテーマだ(笑。

とはいえ、今回のブログにも通じる話だなとも感じた。

この話に付け加えるならば、その後悔を逆手にとって「どうせ後悔するなら、やらなかった後悔よりも、やってダメだった後悔を選べ」とも言えるのだ。

もしも今、何か大きな選択に迫られているならば、こういった考え方も一つの判断材料になるのではないだろうか。

このブログも然り、途中で止めてしまった・投げ出してしまったという事よりも、それでも続けてしまった、やってしまったけどダメだったとか。

今回の表題の通り、それでも続けてしまった事は自分にとって何かしらの意味があるのだから。

続けてどういう形であれ、世に自分を発信しない限り知ってもらう事も見てもらう事も出来ないのだ。

同じような後悔でも、前向きか後ろ向きかでまるで後悔質が変わってくるというのは心しておかなければならないなと実感した。

やったけどダメだったなあ、というような後悔の方がどこか清々しく前向き感があり次にも繋がるようなそんな含みさえも感じる。

まとめ

これからの人生、何をやろうとどう生きようとそれでも人は後悔する。

同じ後悔をするならば「やらなかった後悔」よりも「やったけどダメだった」そんな後悔を選びたい。

人は何度転んで後悔しても、それでも立ち上がりまた前に歩くことが出来る。

後悔を怖れない、そんな人生を歩みたいものだ。