久々の更新を。書いては消して、消してはまた上書きしての繰り返しでアップ=発信することが全然できていなかったので、ちょっともっと気軽に投稿すべき、と考えを改め(笑、メモ書きの延長ブログとして再アップする事としました。

せっかく有料スペースあるのを遊ばせとくのもアレだし、意味のあるなし関わらず、それがどうあろうと自身の考えを「気軽に」発信するだけでも、全然違うかなと気づかされたので、気負い・カッコつけは捨てたいと思います。

そんなこんな、あっという間に世は夏本番に差し掛かる時期も、今年は奇しくも正月には誰しも予想しえなかった「コロナによるオリンピックの中止と世界的大流行」があり、未だに世界中の人が地に足がついてるんだか、ついていないんだかの生活を送っている。

来年は東京オリンピックやれんのかね?オリンピックなんかより、自分の仕事の方がどうなるかわかんねーんだけど、全然売り上げいかねーし家族養っていけねーよ!そう感じてる人らのが実際は多いのかもしれない。

そう、何かしら不安のしこりだらけが残るという部分が今年はやたらと浮き彫りになってしまっている。そんなモヤ~ンとした中に久々に見かけた京大卒元ニートで有名なphaさんのインタビュー記事を目にした時に興味深い一節があった。

「僕は昔から半年以上先の事を想像する力が無いから」という部分。

非常に今の現代に突き刺さる部分があったように思えた。先行き不安すぎる世の中、そしてコロナ禍の襲来、人生経験豊富なご高齢の方々でさえも面喰っている。先行きが見えなさすぎて、かえってみなさんがみんな先を考えすぎる。

考えすぎてもよくないけど、考えすぎて動けなくなるのもよくない。だったらいっそのこと、あえて考えないで見る、押してダメなら引いてみる、の論理である。

仕事でも家庭のことでも学校の勉強でも、今出来ることをやりきろうと。色んな所で昔から言われてるけど、やっぱり求められてるのはソコなんだと、同氏の一文を読んでて痛感する。あ、自分完全に気負ってるなと。

そのインタビューの最後の方もこう結ばれている。

「一部抜粋→ 見通しが甘い!と叩かれるかもしれないですけど なんとなく、なんとかなるような気がするんですよね。29歳で会社をやめて無職になったときも、やめたあとの見通しは何もなかったけど、まあなんとかなるだろうって思っていたら、実際なんとか生きてこられました 。」

もちろんこのPha氏だから、何とか生きて来れたのかもしれないし、やれてこれたのかもしれない。ただ現状に気後れしさらに気負って自身に余計な負荷をかけてしまい続けるなら、いっそ見通しなんかハナから甘くてもいい、ともいえる。

見通し通りに物事が進んだことって、今までどれくらいあっただろうか?無くはないにしろ、そんな思ったようにいった事のが少ねーよ!という方が大半ではないだろうか。

Pha氏にはなれないけど、Pha氏のようなどことなく楽観視出来る要素はもっと取り入れられていいように思える。ちょっと厳しいような状況下でも、夢とか希望・願望なんかももっと語られていいように思えるけど、どうも出てこない。

そんな時こそ、発信するツールを活かそう、という事もあり気軽にアップできればなと思う。何となくだけと今日までやってこれた、その「何となく」をもっと拾ってみて大事に育ててみるのもこのご時世、良いのではないだろうか。

重く悲観的な報道だらけだけど、まあ何とかなるべ、そのうち落ち着くべ、そうあってもいいのではなかろうか、あえてこのご時世だからこそ。

まとめ

発信すること、書く事は良い事でどんどんなりたい自分の姿だとか、理想だとかやりたいこと書くと良い、そんなコラムを見た。

そう、見通しなんか簡単に立たないんだから、いっそのこと思い切って好き勝手やりたいことやるのも良いという。

見通せないご時世だからこそ、仕事や収入や生きる道は何本あっても良い。今の昼の仕事しつつブログアップしつつ、執筆・本が出せるようになれたら良いなあ、改めてそう思う今日この頃であった。

キーワードは発信する、でした。