8月頃から全く更新が停滞しておりましたが、8月の下旬に通勤中の交通事故にりちょうど2か月間、人生初の入院を経験しました。全身麻酔の手術やその後のリハビリ活動など様々な病院での人間模様も経験し、人生的に非常に濃厚期間でした(笑。

退院出来たからこそ(笑)なんて使えますが、入院中はそれは長いのなんの、人生時間は何ぞやと真剣に考えたものでした。特に左ひざ下骨折と背骨の圧迫骨折があったので、行動制限が最初のひと月は特にあったので「よき学び」期間でした。

病院ベッドを約30℃までしか上げちゃダメ!おトイレはおむつと尿瓶対応で、お風呂は到底無理だから看護師さんによる身体ふき。医療現場で働く全てのみなさんには心底頭の下がる思いでした、「志」高くないと務まる仕事ではないなと。本当にお世話になりましたのひと言に尽きます。

退院して今も休職中ではあるので、片杖持ちつつ歩行訓練したりの時期をいまは過ごしています。家に居られる事のありがたさ、静かな部屋で寝れる事のありがたさ(笑、そしてまだ完全ではないけど、ある程度自由に動き回れる事のありがたさ、心底実感している毎日です、ハイ。

今月に退院後のレントゲンなどによる経過観察の治療を受けつつも、そろそろ職場への復帰も話し合う時期。ケガもあってか、職業自体を見直そうかとも考えており、学校出て就職してから約15年間同じような分野の仕事してきたけど、職業選択という意味で、今回は過渡期を迎えていると考えてます。

適職とは~天職は?とか入院中にも色んな事を考えては不安になり、悶々とした日々を過ごしてはいたが、結局はやれる事をやっていくに尽きる!という結論に至ります。現場から事務・管理業務へ移ろうかと思案しています。

例えば建築の現場で職人・親方やってた方が、新たに勉強して建築士になって違う側面から仕事をするイメージが分かりやすいでしょうか、似て非なるものですよね。いま、そういった状況にまさにいます。

自分に適職か、天職か、という判断ってそう思って仕事を続けてきてもなかなか分かるもんじゃないです。天職だと思ってたけど、実はストレスも多く疲れる日々だった、そんな事の方がワタシは圧倒的に多かったので「適職」だったのでしょう。

本来の天職だったら、そこからさらにワクワク・仕事をするのが楽しくて仕方がない、そういう感情が湧いておかしくないのですが、そこまでには至らなかったな。かといえ、新たにゼロから新しく仕事を探し・始めるにしろ異業種へ進むにしろ、闇の中を手探りで歩き回って探す時間や精神的な余裕もさすがにありません。

だったら、せめて今まで好きだと思ってた仕事の外堀から埋める作業に移ってみようと思いました。同じ会社でも違う畑から眺めてみる、そんな感じですね。その間に管理業務の関連資格を取得を目指すもよし、働きつつさらなる仕事を目指すもよし、やれる事やりながら社会復帰しましょうやって、進んでいます。

お給料も下がると思うけど、事故を考えれば今日も無事で居られるって事を振り返れば、それだけでもありがたいことかな、と思ってみたり。かといって、今後も乗務員ずっとやっている事にも、どこか漠然と悩んでいたし、手痛い形ではあったけど人生計画を、強制的に見直すキッカケを神様から授かったと前向きに認識してます。

自分にはこれからどんな仕事が合ってるか、どんな可能性が転がってるのか、これは考えて実際にやってみて行動した人にしか答えは出せないこと。失敗を恐れてばかりでは、いつまでたっても前には進まないし結局は「やらずじまい」だっただろう。人間の思考にはそういう性質があるというではないか。

今年ももう年末時期に差し掛かる。真夏のクソ暑い時期に入院し、9月は一度も外気にあたることもなく(笑、秋を知らず冬の入り口の時期に退院したので、軽くタイムスリップしたような錯覚を覚えた今日この頃ですた。



PS

今夏の学び。

当たり前は、当たり前ではないということ。

変化のうすい日常でも、実は思った以上にありがたい日々である。

この気づきは大きい(笑。

過ぎゆく過去は過去、自分や全てを赦そう、許してやろう。すなわち愛だ、愛。

こうやって日記にアウトプットすることで、噛みしめております。(笑