リハビリがてら、毎日どこかしら軽く歩くようにしています。療養期間とはいえ、どうも家で過ごしていると夜が遅くなりがちシフトなので、生活サイクルを戻すべく、朝散歩を実施することにしました。朝日を浴びる事で、脳のセロトニンが活性化するという。(生活サイクルをリセットし、安定させてくれる)


セロトニンが活性化すると、清々しい気分になり集中力をアップさせてくれたり、これから行動を起こす際には欠かせない存在でもある。起床して一時間以内にちょっと外へ出て2~30分軽く散歩するだけでその効果は俄然高まるという。

実験的に行ってみましたが、確かにダラダラと午前中を過ごす事は無かったので、脳の活性化と大いに関係があるのかも。継続的にしばらく行ってみようと思います。頑張らなくてもよく、ダラッと歩くだけでも全然違うので非常にやりやすい。

昼過ぎからは、いつも通りリハビリがてら街歩き。片杖まだ使ってるけど、だいぶ歩けるようになってきた=さほど痛まず、筋力が戻ってきつつあるので1年ぶり以上だろうか、一時期ちょいちょい訪れた上野・浅草方面へ赴く事に。

奥浅草エリア、いわば観光地の顔とも言える浅草寺の裏手側に位置するエリアなのですが、そこに知る人ぞ知る好条件の割と小さなタクシー会社さんがあって、そこに一時期本気で転職を考えていたので、そちら方面をブラっと歩く。(今でもチャンスあらば狙ってる、時期と体調とタイミング次第)

浅草駅で降りたつも、久々だけあってどこか街の様子が違う事に気づく。コロナ禍と言えど、日本を訪れる外国人観光客にまず日本で訪れてみたい街ランキングで常に首位でもあるのが、この浅草の地なのだ。日本人から見ればどこか意外な気もする。

もちろん、江戸情緒が今でも色濃く文化や街並みにも残って、エリアをあげて観光に力を入れているので、人気がある理由も分からなくもない。アジア系の外国人の方も多く在住してる人もまた多しと聞く。コロナ禍もあり以前ほどの賑わいは無いけれど、街全体はやはり活気がある。

観光客があまり訪れない、浅草寺の裏方方面こそが奥浅草エリアでそちらを歩く。そろばん専門店、武道の防具・稽古着の専門店、革靴の問屋街、そして吉原ソープランド地区も隣接する千束近辺、浅草にはいろいろな顔がある。

昭和の高度成長期を支えたこの街には、日雇い労働者が多く集まり毎日が非常に賑わっていたという。全国的に見ても貧困と性の関係は密接だったように思える。ある種の性処理というのは人間の根本的な欲求でもあるので、その部分を満たす産業が静かに街として発展した歴史があるのは、どこかうなずける。

この街の一部には今でのその歴史の一側面が感じ取れるので非常に不思議な感覚を来るたびに覚える。かたや、表の浅草は世界へ向けての華々しい一大観光地としての顔もあるので、久々に訪れた街はキレイに、そしてますます華やかに発展していた。

昭和時代からの古き洋食屋さん、カフェ店、また若者に人気なスイーツ店も奥浅草には点在する、いわば今や穴場スポットとして若い世代に人気が特にあるという。貸衣装店でやや着にくそうではあるものの、着物を着て街を練り歩く若い女性も多く目につく。帯の位置が若干高い?のか、どこか着こなしの難しさがあるのだろう。

料理屋さん、演芸ホール、浅草文化の濃い会館から出てくるいなせな女将さん方の和服姿はやはり着こなしなのだろうか、ピシッとくるものがある。多分帯の位置がやや低めの方が和服にはしっくりくるようだ、そういうの観察するのも面白い。

目的地付近の奥浅草に位置する会社付近も、住宅街のど真ん中だ。久々に食るも古き工場などが閉店し、その土地に新しいマンションも数件見られる。この地も都心部へのアクセスが地下鉄・銀座線などで非常に良好であるので、やはり若い世代に見直され人気が高い証拠だろう、価格帯も強気だ。

目立たない会社がそこにはあるが、日曜ともあってひっそりしている。ワタシのいる業界では、会社の大きさという規模はあまり関係ない。いかに現場寄りの考え方で好条件を用意してくれているか、会社間で非常に条件が変わってくるので入念な下調べや生きた情報は貴重だ。

この奥浅草にある会社も、大々的には人は採用していないけど門を叩けば入れる会社だが、知る人ぞ知る会社になっている。規模は小さいけど、スタイルを変えないでいる会社はやはり大事に残って欲しい(笑。休日で稼働も少ないせいか、車両がたくさん見られたが、変わらぬ存在にはどこか安心させられる。

この会社の存在を知ったのは5年以上前になるが、新しい事をしようとする時、または転職しようとしてる時って、自分で望まなくとも必然的にそのタイミングが勝手に訪れるように思う。障壁となるものが一切なくなる瞬間があるのだ。

特に新しく物事を開始しようとなると、人間の思考の性質上どうしても守りに入りがちなので、積極的に自ら動かない限りは昨日も述べたように「やらない」決断に至りやすい。しかし、それをも凌駕する自分の環境が勝手に訪れるのだ。何というのか「何も反対する理由が無い状態」という事だろうか。

今はそういった状況ではないにしよ、どんな事であれどチャンスは常に伺いたい。「待てば海路の日和あり」ということわざもあるように、人生とは常々タイミングと一瞬のチャンスを逃さない間合いなんだと思う。

そんな事を思い出させてくれた、奥浅草エリアであった。街歩きが好きな方には、ぜひおすすめしたいそんなエリアである。