今まで自分が突き進んできた道から、ひょんな事から新しい道に方向変換しなければならない時に、どういった事を具体的に考えるべきなのか。好きな分野を突き進むのも良いが、自分にとって何が向き・不向きかを冷静に見極められるかが肝心要となるのではなかろうか。

思い起こしてみよう。かつての自分は何が好きだったのか、どんな仕事やアルバイトをしてきたのか、またちょっとしたキッカケから人様から褒められたような経験はないだろうか。これからの自分について考えていると、ちょうど下記のような記事が上がっていた。まずはサラッとでもご一読頂きたい。

清掃会社立ち上げたカラテカ入江「清掃業界変えたい」と語る

自身の闇営業問題から起因し、所属芸能事務所を解雇され芸人としての道が絶たれたカラテカ・入江氏の件も非常に興味深い。同氏も芸人意外の自分が向いているであろうものは何かを考えた時に、自分の「長所」を単純に思い起こしている。

もし、自分自身が同じような状況に陥った時、今のワタシもそのど真ん中であるが、長所と自身の「過去」に答えは隠れているように思う。入江氏も子供の頃に活動していたボーイスカウト時代の清掃活動を思い出し、その子供の頃からきれいになる事が好きだったと思い起こし語っている。

自身の「過去」プラス「好き」に新しい道を探るヒントは隠されている。特に子供の頃というのは、色眼鏡なく純粋に好きな気持ち一つで行動していたので、好きの純度が非常に高い。三つ子の魂百までも、という言葉のように根幹の「好き」という部分はブレず変わるものでは無い。

そこから「何をすべきか」を思い起こす作業が出来れば、後は行動するだけ。成功しようがしまいがは関係なく、一度行動に起こしてみる。今の自分に合ってるか否かは、改めて実際にやってみないと分からないからだ。大人になると、どうも思考の世界だけで「出来る・出来ない」を判断してしまいがちだ。

成功か失敗か、いきなりゼロか100という結論はそもそもあり得ない。失敗したとしても、全くの成果ゼロという事もそうそうないはずだ。思うような成果や利益が出なかったとしても、こうやってダメだったから次はこうしよう、そういった気づきがある。その時点で全くの気づきゼロの失敗ではないのだ。

では、まったくゼロの失敗とは何かといえば「何もやらなかったこと」良いアイディアは出たけど「結局やらずじまいだったこと」ではないだろうか。上手くいこうがいくまいが、やらない事には気づきは得られないのだ。

ワタシたちは生きていく上で、防衛本能からなのか現状維持や失敗してはならない、という潜在的な意識が強く日常で働いてしまっているように思う。これから、どんな仕事を立ち上げようが、はじめようが、どんな趣味や好きな事を模索するにも興味を持ったら、まず具体的に調べてみる。そして始めてみる。その、初動が全ての分かれ道になるように思えてならない。

その初動を踏むには、しっかりと自分が「何をすべきか」を知る事だ。向いていそうなこと、好きな事を探すのは難しく考えなくてよくて、子供の頃のように純粋な気持ちで宝探しのように思えばいい。続けられるか、出来ないんじゃないか、そういったマイナスの側面だけに振り回されてはならない。

PS

好きな事が分からないなら、フラッと出かける、好きな本を読む、音楽を聴く、ゲーム、ネットで遊ぶ、何でもいい。とりあえず、全てを一旦置いといて遊びいってみる。難しい顔して考えず、こういう時こそ童心に戻り出かけよう。酒飲むのも、人と合って語り合うのもなんだっていい。

入江氏の素晴らしい点は、すべきことを見つけたらすぐに行動に起こしたこと。これはサラッと語られてるが、出来そうで簡単に出来なかったりする。そこから真剣に向き合って自分の清掃会社を興すのは素晴らしい行動力だと思った。