適職とか天職とか、そんな好きなこと探しではないけどそういったワードに敏感になっているこの頃。たまたま数日前に読んだ記事だが、個性派俳優として確固たる地位を築いているといえる「片桐はいりさん」は、今でも映画館に時々立たれているそうだ、どういうことか?

「もぎりも担当」片桐はいりが今も映画館で働き続ける理由

上記はYahoo!掲載の記事を参照にして頂きたいが、片桐さんは今でも大田区・大森の映画館でチケットもぎりをされているという。自身で「やりたい!」との希望から、映画館も喜んで!と相成って無償で立ち続けると言う。

中学校くらいの時から、映画・劇場の世界が好きで可能な限り色んな劇場へ足を運んでいたという。その縁から、劇団にも所属し俳優への道を歩まれたようだが、数十年経って自身が出演する映画の初日舞台挨拶が、当時働いていた銀座の劇場だったという。

そのあたりを境に、映画・劇場関係者と知り合う機会が増えてその縁から、自身の地元でもある大森のすぐ隣町の蒲田にある劇場で、昔ながらの80年代風な映画チケット=票券と遭遇したのは必然だったのだろう。

片桐さんは昔を思い出すかのように、そのチケットに感激して「このチケットもぎりたい!」と言って劇場の方の好意もあって「いつでもどうぞ~」との事で今でも蒲田の劇場に無償で立たれているという。

記事には劇場スタッフの上着を着た片桐さんが映るが、これも何かの役作りなのか?とも思えるほど自然な姿だ。無償でやりたいからやらせてもらう、その自然な好意は劇場側もさぞ嬉しい事だろうな~。

でも、お客さんもまさか片桐さんが映画館の入り口でチケットもぎりをされているとは思わないだろうから、それは驚くだろう。この姿というのはまさに純粋に「好きでやりたいこと」を自然に追い求めた究極系に近いと言えるのではないだろうか。

それも無償で、という所に非常に「純粋に好きなこと」というのを感じる。もちろん現実はお金を無視して好きな事ばかり望めない事も多々ある。だが、その枠をもはるかに越えて、今でもアルバイト時代の気持ちで劇場に立ち続ける片桐んさんの姿には、ある種の羨ましさをも覚える。幸福度の高い行動なのだろうな。

哲学を学ぶと、過去の偉人とも言える学者が残した言葉にはいくつも「幸福」が含まれる。人がいつの時代も幸福を求めて生きていた姿の現れだろう。映画や劇場が好きでたまらず、その縁から俳優になり今でも映画・演劇の世界に関わり続ける。

初心を思い出すかのように、純粋な心意気で劇場に立ち続ける片桐さんの姿は、ワタシにとっても究極の理想形だなと実感した。

PS

それでもやりたいこと思える事があるだけでも人は幸福だ。あなたにはありますか?