諸般の事情で自家用車がないので、この年末年始は足のリハビリを兼ねて郊外の街中を歩いた。普段、そこまでじっくり見る事が改めて気づかされるのは「止まれる所で、しっかり止めれる人」は運転が上手いと言える。

年末年始の休みに入ると時期的なものもあるが、普段の平日など運転しない人も休みに入れば運転をする。日常で運転しなくとも、私は運転が好きで得意だと自負する人も多いだろう。

しかし、大型連休が続く時にどうしてもメディアで事故やトラブルの報道を多く見受ける。そんな中で誰もが確実に出来る、事故やトラブルを防ぐ方法を徹底的に考えてみた。

そして、バスなど交通機関に乗る時も、出来るだけ他者の運転をじっくりと観察してみる。

すると改めて見え来るのは、事故やトラブルを劇的に改善する方法は運転技術や車の性能でもなんでもない。

あなたが止まるべき所で、確実に止まればいいだけだ。然るべき所で確実に止まる、それだけで事故やトラブルは劇的に減らせる。

発進・停止は自動車を動かす上では最も基本的な動作だ。人間が身体を動かす時と同様に、意識せずともそれらの動作を淡々と繰り返しているだろう。

ここでハッキリしておくべき所は「止まるべき所」とはどのような場所だろうか。

私が特に思う危険な場所で、全国共通で全ての人に言えるのは歩道の前だ。各種お店から道路に出る際に、一度歩道をまたいで車道へ出る事がほとんどだろう。

路地から表通りに出るケースでも同様だが、車道に出る手前で確実に一時停止する車が、あまりに少ない所に非常に驚かされる。

特に昨今は、電動自転車の著しい全国的な普及と性能の向上もあって、歩道を走る自転車が多いのと同時に早い速度で通過する。

歩道の手前で止まる車両が少ないせいか、歩道上での自転車の接触を多く見受ける。

特に、お子さんを前後に乗せられる自転車の普及が特に著しく、見た目とは裏腹にあの自転車はかなり早い。

一昔前なら、立ちこぎして必死に進む登り傾斜でも、座ったまま荷物やお子さんを乗せたままでも、スイスイ走る親御さんを日中は多く見受けられる。

技術の進歩とアイディアで、高性能・高効率化しているのだ。

歩道と車道で2段階で確実に停止し、左右確認するだけで、相当な事故リスクは低下させられる。

これは運転技術ではなく、危険予知の能力であり、その分野こそ公道上の運転で最も求められる能力だと、ハッキリと言える。

それと同様に右折と直進者の交差点での事故は、どうしても減らない。これも危険予知の心得をほんの一段上げるだけで、確実に全国のドライバーに実行できることがある。

対向に小さく二輪車が見える時は、いったん様子を見る。二輪車の被写体そのものが、四輪車より当然小さく視界に映る。

姿は小さいが速度は四輪車よりはるかに速いケースが非常に多い。だからこそ、右折車は確実に止まっておくべきだ。

直進車も直進車で自分が「優先意識」を持ってはならない。確かに、原則で直進が優先ではあるが、それはどの運転者が共通の認識を持っているとは限らない。

むしろ、そんな現実の公道で曖昧な部分がある優先ルールは捨て去るべきだ。

実際によく見かけるのは、みな頭では直進が優先なのは分かっているのだが、対向車が思ったよりゆっくり走っていると、間があるので思わず自分が先に入りたくなる。

「あ、今行けたな」という判断も、目測による曖昧なものだという事を忘れてはならない。

目測でじっくり距離を測っていると、右折側の横断歩道の歩行者や、自分と同じ進行方向に進む手前の自転車の存在を忘れる人も多く見受けられる。

そうすると、交差点内で慌てて急ブレーキを踏むことになり、結果的に対向車とも鉢合わせてしまう、ヒヤリハットなケースは全く減らない。

2つのケースを非常によくある例で挙げさせてもらったが、止まるべき所で動かず、しっかり止まれる人は事故を起こさないのだ。

現代人は確かに忙しい。その環境が、先へ先へと人を無意識のうちに、人は行こうとしてしまう原理でもある。

車は運転しないから、あまり関係ないなーという話でもない。歩行者や自転車などが絡む事故やトラブルは非常に多い。

横断歩道は歩行者優先は大原則ではあるが、想像以上に歩行者や二輪車が見えていないドライバーは多い。

横断歩道を渡る時に、直感的にでも危ないなと感じたら一度立ち止まったり、周りを見渡すくらいでもいい。

自動車の死角に入ると、それだけ歩行者が陰にすっぽり入ってしまうケースも少なくない。だからこそ、お互いの優先意識は捨て去るべきだ。

歩行者や二輪車だって、止まる所はしっかり止まっていい。みなが止まる意識を共有すれば、事故・トラブルは劇的に改善できるはずだ。

PS

職場の30年無事故表彰で評価された乗務員は、基本的に安全意識が高いのはあるのだが、決定的な事実はご本人が「疑い深い」または「臆病」だということ。

だからこそ、止まるべき所で止まれたから大きな事故トラブル無く続けて来れたという。