ポジティブ、ネガティブという言葉が、自分の身の回りで見聞きされるようになて久しいように思う。

特に昨今では、連日の報道でコロナ禍の情報などネガティブとも言えるワードが飛び交っている。

このように明るくない報道が連日続くと、意図しない形で自身がネガティブな方へ意識が捉われがち。

諸外国の方を見ても、とりわけ日本人は(ワタシも)自己肯定する見方が低すぎる。

そんな時こそ「まあ、いいや。今のままでもいっか」というような、さりげなく自分を肯定する言葉を持ち込んでみてはいかがだろうか。

ワタシなんかも、義務や勤めではないけど、毎日日記のごとくblogを挙げているけど、書こうとするネタがその時にしっくり来ないと筆が進まない。

ネタ帳に、明日はコレを書こう、とメモしておいても、その瞬間にピンと来て文章が降りてこないと、これも同様に筆は進まない。

こういう時ほど、ネガティブに「今日はひらめかないな」と落ち込みがち。

そういう時ほど「まあ、いいか。ダメなら午後、それでもダメなら夜の今日の3行ポジティブな出来事日記を」と割り切る。

休職中ゆえに、時間を持て余すの事を避けたいという意思がある。

とはいえ、その「時間を有効活用しよう」という思考の縛りが、そもそも行動範囲を狭めているとも言える。

考えにも縛られ過ぎず柔軟に、自己肯定をする。この二つはどれも日本人に特にありがちな思考傾向が強いというデータもある。

「まあ、いいか。今のままでもいい」と思えるだけで、その瞬間から自分を肯定しポジティブな思考へと飛躍する。

「今のままでもいいや」という思考は、諦めでも投げやりでもなく、現状の自分を受容するということ。

現状の自分を受け入れられない方が、よほど生きる上で息苦しいし、とてもじゃないけど毎日が持たない。

そもそも、人間の大半は何かしら自分のネガティブな一面に意識を向けがちに生きている。

毎日が自分の思う理想通りに生きて行けている人の方が、むしろ圧倒的に少ないのであって、自分を否定する必要性はどこにもないのだ。

だからこそ、行き詰った時ほど「まあ、いいや。今は今でOK」と思える心の許容さが何とも気楽にしてくれる。

真面目が悪い事ではない。ただし、真面目に生きようするほど「人生とは何だろうか」と難しい問いを自分にしてしまいがち。

人生に意味を見出せなくても良い。

そもそも、どれだけの人がその意味を見出せているのだろうか。高尚な修行僧の方でさえも、問い続けているような難しい内容ではなかろうか。

分からんものは、分からん。

出来ない時は、素直に出来ない、それでいい。

まあ、今のままでもいいか。これこそ、現代人に求められる最強の自己肯定の言葉だ。

自分を肯定出来た瞬間、ネガティブな縛りから即時解放される。

たった、それだけなのだ。