人付き合いにおける「マウンティング行為」について、先日のblogでも取り上げてみた。

マウンティングをされた、あるいはそう感じるような言動が見られるような相手からは、黙って距離を置くべきだ、という内容だ。

たまたまだが知人からの話しでも、人付き合いにおけるマウンティング行為について、意見を交わす機会があった。

久しく同窓会に参加したのだが、昔の友人らと会えるので、相当楽しみにしていたそうだ。

しかし実際の所、フタをあけてみれば単なる終始「マウンティング合戦大会」だったという。

割と聞く話ではある。お互いの会社なり・地位・名誉・お金・起業したことなど、男性だとこういう内容でのマウンティングが多い。

女性だと、結婚した相手の男性のこと、その男性の会社・仕事(もしくは年収)、今住んでる場所、いくつで結婚したか、子どもの有無について、が多いと聞く。

差し支えない程度に、少し話題に触れるくらいならまだしも、いつしかお互いの今の身辺自慢=マウンティング合戦が口火を切るという。

非常にあり得る、というか久々の同窓会参加ほど、それは大いにある事ではないだろうか。

純粋に懐かしい&会いたいな、という気持ちを持って参加するほど、こういった惨状を目の当たりにして、深いショックを受けるケースは珍しくない。

昨今のこのような事情を思うと、純粋な懐かしい思いは、思い出として大事に保管しておいて良いと思う。

むしろその方が、自分自身もいつまでも良い記憶と思い出のまま、暖かい心でいられるのではないだろうか。

久しい集まりほど、積る話もあるしお互いの今の状況も、大いに気になるのがある意味で普通なのだ。

それが結果的に悪意が無かったとしても、結果として「人を見下すようなマウンティング行為」になってしまえば、何の意味もない。

たかだか自分の一時的な優越感の為に、無意識に発言してしまった一言とその積み重ねが結果として、人と人の信用を知らずに失う事になる。

マウンティングの真の目的とその実態とは、上記のように「自分自身が一時的な優越」を感じたいが為のものなのだ。

もちろん、どう感じるかは相手次第でもあるので、全てが該当するわけではない。

マウンティングに相当するような発言だったとしても、相手がどのように感じるかが全てだ。

とはいえ受け手次第といえど、マウンティング行為に相当する発言には、事実として変わりはない。

「自分の一時的な優越感を得る為」だけの発言に徹した人への対策は、やはり先日述べたのと変わらない。

ムカッとしたり、イラっとする、そういう感情を顔や表情など自分の言動には一切ださないこと。

さらりと受け流して、相手の元から静かに去り、ひたすら距離を置くのがベスト。

特に大人になって一度大きく失った信用は、元には戻らないのだ。

PS

月日が経てば人は変わるし、自分も変わる。

それでも楽しかった頃の思い出は変わらない。

センチメンタルな気分になるかもしれないが、

その時代の記憶を大事に生きていけばいい。