思わず今日のニュースで「落ちないバス」の記事を見ると、どことなく26年前のニュース画像を思い出す。

関東在住の筆者でも、やはり毎年の事ながらこのバスの画像は当然覚えている。

小学生当時、朝の学校へ行く前に見ていたズームイン朝!の一報で、神戸などの街の画像を見た時に、確かにこのバスの画像もあった。

自分もその後、実際にバス乗務員になったので非常に良く分かるが、記事の写真のように、バスの運転席は前輪よりだいぶ前に位置する。

その為に、運転席から見たこのバス位置での光景は、ほぼ宙に浮いて止まってる感覚だと思われる。

後輪右側に通常は非常口がバスには備わっているので、そこからお客さん3名と乗務員2名は何とか脱出したという。

記事中にもあるが、あの不安定な高架の阪神高速の陸橋の非常口を探すのだけでも、非常に恐ろしい経験だったと思われる。

大きなケガなども無く、お客さんとは警察に届けた上でそれぞれの帰路へ着かれたのだろうか。

神戸の街を何とかタクシーで後にし、隣県の大阪まで脱出したという。

夕方ごろ無事に自らの所属する、京都市の営業所に帰庫すると、涙する社員もいた、というのはうなずける。

帰りを待つ会社の人らも、散々取り上げられるニュースで、自分らのバスが高速道路の高架で落ちかけているのを見て、どれだけ驚いたろうか、声もでなかったに違いない。

「落ちないバス」として、今でも帝産観光バスの京都支店に今でも保管されているのだろうか、そんな話も後日聞いた。

そのバスは震災から一週間後にクレーンで引き上げられ、修理工場までレッカーしたようだが、その後10年以上も稼働し続けたというのは初めて知った。

観光バスタイプの車両となると、新車価格で1台3000万円前後はするので、会社としても、修理して問題ないなら使用するのは当然だ!という事だろう。

あの状況下からその後、10年も営業運行したというあたりに、日本の自動車技術の素晴らしさも感じられた。

当時、スキーバスの運行でツーマン対応だった乗務員さんのインタビュー記事の紹介だが、この乗務員さんも今では同社の最古参乗務員の一員ではないだろうか。

バス以外にも、当時の色んな人の関連記事が出ている。

色んな人の、それぞれの26年が重なる。

とても軽々しく語れるものではないが、月日の経過は本当に本当に早い。