休職中野郎なので、日々インプット・アウトプットと健康管理に日中は勤しんでいますが、以前から漠然ながらふと思うことがありました。

いま、現状でこんななってるからかもしれないけど「人生の正解とは何だろう?」と思うこと。

また膨大な規模の哲学的なタイトルを放り込んでみたものの、誰しも自分の今や過去を振り返って「結局、人生の正解って何だろうね?」と漠然と問うたことあるのではないだろうか。

自分は考えた末たどり着いたのは「今の自分」という考えに至りましたが、みなさんはどのように考えるだろうか、関心あったりするし、改めて考えてみた。


今現在も大事であるし、今後はどうするべきか・どうあれば正解を見出せるか、もはや哲学的・そして果てしなき禅問答のような壮大な問いかけだ。

結局のところ、実際に生きて過ごして後にならないと正解か否かは分かる訳もない。

現段階で「これから」というのであれば、考えながら行動するしかない。

まさに今の自分がそういう状況に、何となく置かれているような感じなんですよね。

昨年の事故から休職したのがキッカケでもあり、明らかに人生の過渡期を迎えているのも実感している。

そんな時期だからこそ、考えながら・試しながら・動きながら行動して正解を見つける以外ないのかなと思う。

と、いうのも自分が今までやって来たことなんて、世の中の膨大な、それこそ宇宙的な観点から見れば、箸にも棒にも掛からぬくらいの些細な出来事なんですな。

ほんのちょびーっとのことくらいしか、せいぜい経験出来ていないわけなので、だったら新しいことや、少しでも興味あると感じた事を、積極的に試しつつ・動くしかないのかなと。

そういう段階でもあるので、もちろん失敗も多々あるでしょうし、手痛い経験も積む事もあるでしょう。そもそも、上手くいく事の方が少ないわけだから。

こうやってblogにその経緯を書き起こし、アウトプットするだけでも自分に大きな気づきを与えてくれるし、自分が何を考えているのかも明確に出来る。

アタマの中で考えているだけだと、どうしてもその場限りとなり、結果的に正解にたどり着けない事も珍しくない。

実際に行動して、些細なことでも試してみないと少なからず情報や生きた経験値を得る事が出来ないから、正解にたどり着けないのは無理もない事なのだ。

その生きた経験の中で、情報を得つつ失敗や成功を自分なりに実感し、分析して自分の進むべき方向をその都度、軌道修正をしていく。

その地味な作業の積み重ねが、人生の正解の見つけ方なのかもしれない。

常に試行錯誤の繰り返し。

ただし最も忘れてはならないのが、どんなに成功しようが「自分がその生き方に心から納得してなければそれは正解ではない」ということ。

PS

ちょっと感傷的に、そして哲学的に、さらに現実的に人生の正解とは?を考えてみた次第でした。

おのずと、もっと年齢重ねた時に分かるんだと思う、多分(笑。

ワタシらまだまだ経験値が少ないですね。

だからわからん!それが答えだ。