職業選択に苦しまない考え方

かつてのワタシもそうだったけど「自分の適性とは・天職とはなんだ?」と悶々と悩んだことのある方って案外多いのではないか?

天職や適性に関する本が書店に多く並んでいるのは、人がそれだけ自分の職業選択に深く関心を持っている証拠だと言える。

適職関連の本を相当な数を読ませて頂いたが、ワタシ自身が結局のところ天職が見つかったかというと、結論から言えば見つかっていない。

最近思うのは、そもそも「天職とかそういうのって無いんじゃないか?」とすら思えてくる。

自分が天職だと感じられればそれは天職や適職であって、どう思い・感じ取れるかでその概念は変わってくるのではないだろうか。

あることに集中・専念しみてる

フローという言葉をご存じだろうか。

専念と集中というような概念が挙げられるが、自分のやるべき目の前の仕事にのめり込んで、時間の経過をあっという間に感じたりする状態のことなどを言う。

何か作業を頼まれた時などに似た経験はないだろうか。

延々と繰り返す単純作業なんだけど、気がついたら集中したら数時間も経過していたということなど。

好きな仕事だけでなく、遊びに集中して時があっという間に経過する感覚も、もちろんフローに含まれる。

フローは好き嫌いだけで起きる現象ではないということ。

自分が何かしらに没頭し取り組める状況であるので、必ずしも自分の適性や好きなこと探しをしなくてもいいと言えるのだ。

天職や適職探しの本を読むと、必ず「自分の好きという感覚を大切に」とあるが、好きなものや興味・関心の高いものが仕事に繋がるとも限らない。

むしろ実務的なことを考えれば繋がらないケースのが多く、余計に自分に出来ること無いじゃないか~、と悩んでしまうケースも少なくない。

天職・適職探しをしているのに、それが見つからず余計に悩んでしまうのだ。

最初から天職・適職というような言葉にとらわれずに、「あ、これならやれそうだな」位な所で入るのがベストとすら思える。

その入り口から物事を進めると、意外と作業(仕事)に没頭しているケースも珍しくなく、気がついたら数時間も経過していた。

つい集中しちゃったな、意外とこれ楽しいかも。と、いうような似たような経験をしたことのある人は多いと思う。

天職や適職は後々になってて分かるようなもので、はじめから自分の適性を知り、天職であろう道を探すのは困難だとも言える。

強い信念が自分の中に無い限り、初めから天職・適職を見出すのは出来ないんじゃないだろうか。

フローを基準に仕事探しをしてみる!

フロー状態にしやすくする、というのは日常でも取り入れることは大いに可能だ。

目の前の作業に没頭することがフロー状態なので「次に何をするか」と仕事の段取りを考えてしまうと、集中力は途切れてしまう。

そうすると、なかなかフロー状態に入ることは難しい。

次に何をするかを決めておけば、この集中力リセットを回避することが可能になってくる。

予め自分のやるべきことを決めておけば、集中力リセットは全てと言わずとも回避することが可能になるので、集中力も継続しやすい。

それがフロー状態に繋がってくる。

箇条書きでも何でも良いので、お買い物に行くとき買いたいものをメモ書きするように、自分の今日やるべきことリストを作成しておく。

ワタシのように、記事をUPする場合なら書くべき内容・テーマを何本か箇条書きで示しておけば、途中で迷うことは少なくなる。

文章を書き起こしている最中は、非常に集中するのであっという間に時間が経過するが、内容を考え始めると手が止まるので集中力もリセットされやすい。

そうするとフロー状態ではなくなるので、作業効率も当然ながら落ちてしまう。

子どもがゲームする・パソコンして何時間も止めない、というのもフロー状態で集中しているので全く同じ原理なのだ。

天職・適職探しに話はつながり、そこまで重く考えないこと。

何気なく集中して取り組めたものが、あなたの適性であり楽しく感じられている瞬間でもある。

この感覚を大切にし、自分の仕事探し・やるべきこと探しをやってみて頂きたい。

人間は自分の能力を考えた時に、ちょっと自分の今の能力では難しいかな?というようなことにチャレンジし、クリアできたときに深い喜びを感じる。

ちょい難(むず)という表現が現代的に合うと思うが、これを目標にすると自己成長や喜びを感じつつ、いつしかフロー状態に入っているとも言える。

長引くコロナ禍で訳あって職を変えざるを得ない人も多いかもしれないが、天職・適職探しという言葉や枠にとらわれないことを、強くおすすめしたい。

このような状況だからこそ、何気なく始めたものが「後になっての天職や適職」に化けることもあり、これこそやるべきことだったんだな、と気づかされる。

入り口は広く構えて置き「ちょっとやってみるか~やれそうだな」くらいで充分なのである。

仕事探しだけでなく、人生全般に通じることとも言える。

やってみたいなーと思ったことは、何でもトライしてみると思わぬ方向で道が切り開かれることは珍しくない。

興味本位ではじめたことが、あなたの第三の進むべき道を示してくれることは、色んな人の人生を見る限り、決して珍しい現象ではない。

そういった意味で興味本位という言葉はもっと評価されていいと思うし、自分の中でその声を十分に大切にして頂きたいと思う。

人生にはいくつもの坂道があるが「まさか」という言葉は、良い意味でここでも大いに化けると言えるのだ。

編集後記

天職や適職は探して見つかるべきものでもなく、いつの間にかに「あ、これが天職(適職)だったんだな」と自分で気がつくもの。

言葉にとらわえずに、自分の興味本位の感覚こそ大切に育ててみよう。

好き・嫌い・適職というフィルターではなく、

フローしやすいことを仕事にすると、生き方の満足感は相当高まると言える。

そういう仕事の探し方もありなんじゃないかと思います。