キライいじゃないな~の感覚は大切にしよう

ネット社会が年々発達していく中で、個人のやりたいこと、好きなこと探しについて非常に注目が集まっている

集まっているけど、そもそも「好きなことなんて無いんだよね?」と思う人はそもそもとても多いのではないだろうか。

ワタシもながらblog記事などで好きなことだったり、生き方について散々述べてきたが、

好きなこと見つける方が実は難しいという事実に注目したい。

好きなことを仕事にしよう!という発信も散々行ってきた。

それが必ずしも自分の好きであろうことが、仕事に繋がらないことは多々ある。

これに自分に「なんだ、結局ダメじゃん」と罪悪感を持たないでもらいたい。

見過ごされやすい感覚で最も大事にしたいのは、

「好きでもないけど、嫌いじゃないかな、これならやれるかな」という感覚だ。

どっちにもつかずではあるけど、仕事として収入を得るにはある程度「継続」しないことにはお金は貰えない。

blogの記事を上げるにせよ、継続的に更新し続けなければさほど見向きもされない。

ワタシのblogも大して注目されないにせよ、更新だけはほぼ毎日しているので若干数ながらも固定的に見てくれている人もいる。

多かろうが少なかろうが、継続させられないことには仕事としてお金・収入を得るのは難しい。

だからこそ「これならボチボチやれそうだな」という肌感覚は重要視される。

むしろこの辺の感覚はスルーされやすい部分だったので、改めて注目したい。

完ぺきにコレだ!という目標を立てない

好きなこと探しって、楽しそうな言葉ではあるけどいざ真剣に考えて探し始めると意外と大変だったりする。

思ったほど、ドンピシャにこれ楽しい!好きだ!と感じられる感覚って少ない。

何気なく続いたものや、何気なくやっていたことに注目したい。

その部分に「継続させる」ヒントが隠されてあり、継続させることで仕事にもなり得る。

そして独自に収益化させる構造を見出せる可能性もある。

ワタシごとで恐縮ではあるが、

このように自分の思うこと、感じたことを気ままに文章にするのは「すごい好きでもないけど嫌いでもない」のですね。

まさに上記の項目でいうところの「これならやれるな」くらいな湯加減だったりする。

極端に人目を気にしたり、トレンドを調べてそれについてキーワードを精査して文章を書くのは「好きじゃない」ですね。

なぜかといえば全く楽しくないから。

文章をあげることは嫌いじゃないけど、力を入れてSEOを意識し始めたりすると、文章やテーマが全く思いつかず書けなくなる。

結局blogで何がしたいのか分からず、いつしか苦痛になってくるのでその観点で記事の更新するのは止めました。

とてもじゃないけど、継続するには困難な状況と言える。

自分の興味あること実感したことの中から、人に役立ちそうなものをピックアップする視点で今は記事を更新している。

好きじゃないからといって全くSEOをスルーするかといえば、そうでもなくあくまでその「程度」が問題なのだと感じる。

人気ワードからひたすら記事興しをする作業だと、

全く自分の知らない事を掘り起こして調べて作業にするわけで、その工程が何よりも苦痛になる。

仮にそれがお金になったとしても、

そこまでの苦行を経てお金が欲しいのか・必要なのかと言えばはてしなく疑問符がつく。

どうしてもワタシたちはゼロヒャク思考しやすいので、やるか=やらないかで判断してしまいがち。

やれることをやれる範囲でやる

この選択肢がもっとあっていいように思う。

だからこそ「これくらい・これならやれそうだな」という肌感覚は重要視されるべきなのだと思う。

何てことないタイミングに好きなことは降ってきた

そう思えば、好きなこと探し・やれそうなこと探しも非常に気楽にやれるのではないだろうか。

好きなことや興味もやはり移ろいゆくもの。

自分の中の旬はその時々で変化すると思うので意識的に

「いま好きなこと何だろう」と意識するのも面白い。

ワタシの具体例で恐縮ですが、最近面白いなと思わず感じた瞬間です。

何気なくYouTube動画見ていた時に久々にワクワク感を思い出す、それは

実際の動画を貼ってしまいましたが、

関東に住むクルマ好きのワタシにとって土地勘・距離感の無い場所での情報は非常に面白かった。

久しく忘れてたが「純粋な意味でのワクワク感」をこの動画が思い出させてくれた。

関心の無い人から見れば何てことのない動画なのだが

「好きなこと」ってこういう何気ない所にポロっと落ちてるものだと思う。

コロナ禍もあり大っぴらに出かけることも、

出かける機会もほぼ無くロングドライブですらご無沙汰な状況である。

行ったことのない場所に行くのが好きなワタシにとって、未知なる世界の比較と競争はとても興味深い。

こういう好きなことを動画にUPして収益化する人たちも存在するので、

そういった意味では現代は多様化している。

必ずしも確実に収益になると約束されるものではないが、

ヒントやチャンスは意外と足元にあったりする良い好事例だと言える。

ちなみにワタシは、

地縁も血縁も全くない西日本・中四国エリアに非常に関心があり、

ドライブでも高速道路が好き。

そんな事情が重なった事もあって、この動画が面白く感じたのだと分析される。

クルマや地理に興味の無い人から見たらサッパリ分からん世界かもしれないが、

好きなことの定義ってこういう何気ない感じにあると思う。

好きなことは何か?と真剣に悩まない

サブタイトルのごとく、本当に好きなことって何だろう?

というように、真剣に考えない方が好きなこと&やりたい&やれそうなことは見いだせる。

生きることに本質的な意味など無いので、自分が日々楽しく生きていければそれでいいのだ。

社会的にお金や名声を得て成功するだけが、満足な人生とも限らない。

要は自分がなにをするか、どのように生きるかである。

お金や地位など多く求められやすいが、それらがあると確かに行動の選択肢は広がる

自分らしく自由に好きに生きるには、お金や名声があった方が行きやすいとも言える。

ただそこに至るまでの過程を楽しむことが出来るか?

苦にならずその仕事や作業を進めることは出来るか?

この点をよく踏まえてみると、自分にとってするべきことなのか、そうではないのかハッキリ見えてくる。

かつてのワタシもそうであったが、お金・収益化ありきだけで話しを進めると「継続」の点で困難が生じる。

先にも挙げたように結局「やってて楽しくない=継続が苦痛になる」ということ。

だからこそ「これならやれそうだな」というのは重要なのだ。

そこで「好きとは何か?」を純粋に追い求めると、いま=これから自分が取り組めそうな選択肢が見つけにくくなる。

素朴な疑問が自分の行動を止めてしまうのである。

あなたにとっての「こんなもんで良いんじゃね?」感覚は大事に持っていて欲しい。

そのくらいの位置に、あなたにとってのちょうどいい具合の「ベストポジション」があるかもしれないからだ。

PS

まあまあ幸せ・割と幸せ

超幸せな人生を目指すのもありだけど、まあまあ幸せってくらいが、満ち足りたちょうどいい世界だったりするんですよね。

日常の何げない幸せ感覚はあなどることなかれ!

好きの基準は「何となく」が一番!そこにあなたのベストが眠ってる可能性あり。