自分の思ったこと、感じたことを書き記すだけで、


自分の思いや思考を客観的に見て感じ取ることが出来ます。


特にここ数年の中でこれをアウトプット力という言い方で


非常に世に認知され広まってきました。


自分の思いを素直に書き記すことで、


客観的に自分が何を考え、どうしたいのかがハッキリ分かります。


頭の中だけで理解してる状況でも、


思ったより自分のことって自分で正確に理解出来ていないことが多いのです。


灯台下暗し~なんてことわざもある通り


自分のことって分かっているようで、


実は全然分かっていなかったりします。


だからこそ、


あえて一度書き記すことで、自分の率直な考えを知ることが出来ます。


落書きのような日記文でも後で読み返すと


「あの時、自分はこんなことを考えていたんだ&悩んでいたんだ」


など目で見て理解できます。


自分でも自分の考えてることって分かっていないから、


文で書き記すことで「陽の目」にあてることが求められます。


そこで役立つのがblog記事とSNSです。


特にSNSのネットと拡散力の特性がマッチして素晴らしく、


どこの誰かも分からない人の書き込みや意見を


数十人~数百万人もの人に見てもらえる可能性があるということ。


一般的にtwitterなどでは「バズる」という言い方をするが、


そうやって瞬時に膨大な人に自分の書き込みや意見を見てもらえることが、


いかにすごいことかが分かります。


ひと昔前では、身の回り数名の人に自分の意見や文章を見てもらうのがやっとでした。


とにかく見てもらう手段や方法がない。


それを自宅で自分のパソコンや携帯電話からの投稿で、


どれだけ世界中の多くの人の目につくことが出来ることか。


完ぺきな文章や記事を書こうとしなくとも、


素直に自分の考えを60%位の出来栄えでも投稿し続けることに、


意味があると思います。


拙い文章かもしれないけど、


毎日でも少しづつでも良いので自分の意見を世の中に


「さらす」ことこそ、自分の思考を知り思考を鍛えることが出来ます。


少しの文章だったとしても仮にも「人目にふれる」ということは


一定の緊張感をもたらします。


その心地よい緊張感の中で発信し続けるからこそ、


自分の考えをより鮮明にさせ、


一つの意見として発信することが出来ます。


運動で言うならば、


自分の意見や思考を知り書き記す一連の行為こそが


筋トレのようなものではないか、とも言えるのではないでしょうか。


筋トレも毎日継続的に続ければ、


筋肉がふっくら出来上がるし身体も鍛えられる。


文章や思考も日々書き記すことで同様に鍛えられるので、


率直な思いだけでも日々アウトプットするだけでも


十分に意味があるのです。


固いことのように言いましたが、


単純に後になって自分の文章を読み返すだけでも、


実は結構おもしろかったりします。


あ、あの当時こんなこと考えてたんだな、


と振り返ることで思わずクスっと心の中で笑えたり、


そんなに悩むことでもないのにな~、と振り返ることも出来る。


想像以上に、書き記すことで自己成長を遂げることが出来て、


なおかつ世界中の人に自分の思考や可能性を知ってもらうことが出来る。


先日もtwitterでとてもきれいなあじさいの花が撮れたので、


投稿したところフォロワーさんが多い影響力のある方がリツイートしてくれました。


その方のおかげもあって、


どこの誰かも分からないワタシのツイートに1日で1万人以上のPVが


あっという間に集まりました。


知らない人に自分の意見や文章、


画像を見てもらうってものすごく大変なことなのだけど、


ネットの力で誰しも簡単にその可能性を得ることは出来るのです。


この2つの恩恵はとてつもなく大きく、


ワタシたちの可能性を最大限高めてくれる素晴らしいツールに違いないです。


ただ、多くの人はこの可能性に意外と気づいていないので、


ぜひとも自己発信=アウトプットの可能性を感じ取って頂きたいです。

PS

理屈っぽことも書いたけど、


書いて発信するだけでも、楽しい。


それ、十分な動機だと思います。