何気なく昼間にラジオを聴いてたら、思わず懐かしく涙腺にきました(笑。


なんだろうね、ぼんやり何気なく聞いてたから響くものがあったのだろうか。


ぶつけようのないやるせない感情に


「くだらねえとつぶやいて」


そんな風に吐き捨てたくなる日って誰にでもあるのではないか。


97年の7月にリリースされた今宵も月のように。


ワタシら当時中学2年だったかな?


中学校3年間で一番楽しかったの実は中学2年だったので


97年って結構思い出ある一年でした。


何がおもしろかったって、クラスの人間関係だったかな?


嫌いだなと思う人が誰一人いなかったので非常に楽しかった記憶しかないです。


社会人になって2年目の職場でも全く同じ経験をしました。


どんなに仕事がキツくても、人間関係が良好だと全て帳消しになります。


それくらい人間関係って、深く人の心に根ざしているのです。


それくらい人間関係における幸福感って密接なんだなと思わせてくれた、


最初のキッカケが97年だったのだなと思い返されます。


とはいえ、この一曲は曲調がどこか下向きな感じもします。


歌詞も後ろ向きという感じもするのだけど、


諦め・絶望・現実を見るその中から、


明日への希望を同時に期待し見出してくれる歌詞にとても共感を覚えます。


広い共感を集めた曲は必ず売れます。


エレファントカシマシのこの曲もそうですが、


広く人の心に訴えかけられる詞とメロディが絶妙に合わさると


当時はミリオンセラー(100万枚)と言われました。


今でこそダウンロード全盛の時代ですので


ミリオンという言葉は時代遅れかもしれませんが、


その辺りにも時代を感じます。


諦めてもいいし、絶望してもいい、筋が通らぬことが正当化され、


自分の思いがどうにも報われない無常を感じても


それでも明日を見出そうという希望を感じさせてくれる一曲に


どこか勇気をもらいました。


この曲がリリースされた当時は、


全くそんなことを感じませんでしたが、


歌というのは人生経験や自分の時代ごとの思いを反映してくれる力があるようです。


まさに玉虫色で、その時代ごとに違った印象を抱くのだろう。


昨年、交通事故で2カ月入院して、


一命は取り留めたものそれこそ職を変えなければならない事態にまで至ったからこそ、今そのように感じるのかもしれません。


最後に希望を与えてくれるのが


今宵も月のようにの最大の魅力に感じました。


その時代ごとに自分の翻訳フィルターが勝手に訳してくれるのが感性であって、今の自分の思いを載せてくれるのでしょうか。


今日は大雨で今宵の月こそ見えませんが(笑、


生き方・考え方を日々ブログで綴る今としては最高の教訓でした。


明日もまた どこへ行く

愛(希望)を探しに行こう

いつの日か 輝くだろう

今宵の月のように


PS


失恋ソングのようでもありますが、詞中の愛は希望とも感じ取れました。


見慣れてる街の空に 輝く月一つ


いつもの光景・いつもの街角に、さりげない生きがい・幸せがありますように。


作詞・作曲の宮本浩次さんは東京都北区赤羽のご出身。


JR赤羽駅の発車メロディはエレカシの曲が刻まれています。


いいなあ、赤羽というあたりにいつもの見慣れてる街の空を感じました。