93歳が3度事故 免許返納願う娘

↑上記は数日前のニュース記事で見かけましたが、今や全国の


色んなご家庭でも問題になっているかと思います。


高齢者の運転についてと、家族の対応について、そして生き方


考え方の視点で、見ていきたいと思います。


ワタシも車で仕事をしていましたが、


現在は昨年の事故の関係で、長期での休職中です。


おそらく、このまま退職に至るでしょう。


長らく運転の仕事をしてきましたが、


年齢に関係なく身体に異変を感じたら、


直ちに運転は見合わせるべきです。


上の記事の内容では、93歳の男性が今年に入りすでに


3度の物損事故を起こしていると言う。


完全物損なのか、対人の上での物損なのか詳細は不明ですが、


今年に入り3度の事故と、年齢を考えれば運転は中止すべき。


もちろん、免許を即返納すべき!という意見も多く見られますが


そこに至っていないということは、


簡単に運転免許証は、返納はされないでしょう。


よほどの事故を起こすか、行政処分でも受けない限り、


次の更新時まで免許を所有し続け、運転される可能性も高い。


高齢者の運転が全ていけない、とも思いませんが、


現状の更新制度では限界を迎えているのです。


現状かつて経験のないほど、超高齢化社会を迎えている。


医療の発達、食文化・娯楽の成熟と多様化、


ある程度の健康を保ち、80歳・90歳を迎える方が多いのは


非常に素晴らしいことではあります。


ただ、自動車の運転の問題となると、話しは変わってきます。


身体の認知機能の衰えからくる、自転車・他車


または歩行者の、往来についての認識能力と


注意・集中力の欠如は、どうしても見受けられます。


年齢による身体の衰えは、ごく一部の超人的な方を除けば


それはごく自然なことですが、車は第三者に危害や危険を


及ぼしかねない点が、強く懸念されます。


地方に行けば、自家用車が無ければ、買い物もままならない


地域が非常に多く、どうしても車を手放すことが出来ない


高齢者の方も、当然多いのが現状です。


地域ごとの行政との対応も、非常に見直しフォローして


いかなければなりません。


免許の返納については、今の自分を


「受け入れることができない」ことが全てかと思います。


かくいう、ワタシも免許取得以来、


あれほど毎日のように乗っていた自動車も、


昨年の事故以来、乗っていません。


医師からも特に、仕事での自動車の活用は


控えるように、とも言われていますし


自家用車の運転についても、当然ながら控えます。


今後、運転するかどうかも分かりませんが、


それ一筋として、仕事をしてきた身とすると


非常に厳しい選択を、強いられました。


しかし、万が一のことが起こり、見ず知らずの第三者に


被害を与えてしまうことは、絶対に避けなければならない。


必然的に現状では、運転すべきではない。


それを受け入れることが、出来るようになるまで


常に自問自答をし続け、1年は要したと思います。


つまり、最近になってようやく「諦める」ことを


受け入れられた、と言えます。


現状で言えば、高齢者の認知能力の衰えによる、


大きな自動車事故の判決が、最近出ました。


大きな事故や、トラブルが起きてから対処するのでは


あまりに遅すぎると言えます。


自らが「今の自分を受け入れる」ことが


どれだけ大切なことか。


「自分は大丈夫、まだ衰えもさほど感じない」


このような、根拠のない自身ほど恐ろしいものはない。


自分のことほど、分からないものはないと言えます。


30代のワタシが、老いや衰えについて語るには


全くの説得力がありません。


しかし、車の事故に関して言えば、通じる部分が多くある。


93歳の方は、相手や家族にこれ以上の迷惑をかける前に


現実をよく捉えて、自分の現状を冷静に見て受け入れましょう。


どう考えても、

まだ一年の途中で、年3回の事故は多すぎるし


不注意では済まされません。


「終活が終わらない」ために、


クルマを手放せないと仰ってますが、


終活で真っ先にすべきは、運転免許の自主返納ではないか。


終活を手伝ってくれる業者さんは、今やたくさんいます。


家や財産のこと、お墓のこと、


各種登記などの法的な手続きのこと、遺言書など


確かに終活でやることは、非常に多いのかもしれません。


誰かが犠牲になる前に、


いま一度自分自身と、よく向き合うべきす。


年齢的に、ご自身だけで万が一の際の


社会的な責任を負うする事は、極めて難しいと言えます。


その負担や責任は、残されたご家族


被害者に遺恨を残すようであれば、


潔く自ら決断すべき時、ではないだろうか。


記事の中段で、編集者の80歳のお父さんについての記載も。


この方についても


上記のことが全て同様に、当てはまるとは思いません。


しっかり運転出来て、認知・運動機能に問題が無い様であれば


全く問題ないでしょう。


若い人の方が、よほど危ない運転する人が


多くいるくらいですから。


とはいえ、


「もし、運転を止めたとしても何が残る?」


という部分が、非常に気にかかりました。

自分の老いと、運転が出来なくなる現実を


受け入れることに、相当な抵抗があるのだな、と感じます。


数か月前のワタシもそうでしたが


「車を辞めたら、他に仕事なに出来る?それしか知らないのに」


と確かに思いましたし、今でも思うことはあります。


でも、辞めなければなりません。


何かが起こってからでは遅いのです、


上の80歳の方も、全く同じ思いでしょう、


歳とってからの趣味なんて、運転してどこかに


出かけることくらいだし、買い物行くにだって必要だ


という、感じかもしれません。


地方に行けば、確かに難しい問題ですが


ある程度の都市圏、あるいはその郊外なら


暮らせないことはありません。


宅配サービスも、充実してきてますし


ご高齢の方でも、ネットなどを駆使してる方は


Amazon・楽天など使い


ラクに生活を謳歌されてるとも聞きます。


もちろん、高齢になってからやりたくもない


PCや携帯操作を、無理に覚える必要はありません。

ただ、新しいサービス・世界に目を向けることで


自分の世界を広げることは、何歳になっても


結局のところ、変わらないのではないでしょうか。


いま、コロナ禍で厳しい状況ながら、


ワタシ自身も何とか異業種・未経験ながらの仕事を


模索しています。


年齢や職歴を考えれば、かなり偏りが出てるので


正直転職市場で見れば、その価値は低いと分かります。


とはいえ、生きていく中では、何かしら働かなければいけない。


それを言えば、必ずしも働くだけが、経済活動ではないのですが


いきなり起業するなり、金融相場等で不労所得を得て


生き抜けるほどの実力は、到底ありません。

出来ることで働く、やれることをやっていくことが


「現実を受け入れる」ことの、重要性だと思います。


高齢者の運転と、そのリスクの社会問題化と


昨年からの自分の現状が、非常に重なる部分があったので


いくらか私見を失礼ながら、述べさせて頂きました。


ワタシもまだまだ道半ばですが、ある程度でも


「自分を受け入れる」とグッとラクになれます。


執着を無くす、とでも言うのでしょうか。


そもそも、物事にさほどの執着が無い、


というのが、生き方の境地かもしれません。