地位も名誉もお金も、現代人は「持ちすぎる」

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昔に比べ、明らかにモノもお金も物資も食料も豊かになって当たり前の現代において、この現状が当たり前すぎて人はあまりにモノを持ちすぎる・思いを持ちすぎる、そんな傾向が強い事が新しい問題となっています。

いわゆる、満たされているのに「もっと・もっと」さらに上へと上昇志向が表に出過ぎて、幸せを感じられないある種の現代の心の病とも言える、重荷について探ります。

情報・多様化しすぎた現代の産物「満たされない現実」

ネットの普及とその恩恵のおかげで豊かになりましたが、その反動で十分すぎるほどの情報を取り入れすぎて、人は今の自分では足りないという欲求に駆られます。

京都大卒のスーパーニートで有名なPhaさんの著書でもある「持たない幸福論」は、そのあたりの現代的に持ちすぎる傾向についてもバッサリ独自の見解を述べられており、非常に痛快です。

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これだけ時代が豊かになり、お金もモノもたくさん持ってるのになぜみんなつらそうなのだろう、そう感じたphaさんの疑問に非常に同感しました。

もっと・さらに、という欲求が強すぎるこそ言葉に現しようのない、やるせなさ、無常観がある種の現代病になりかけて居る事に、私たちは気が付かなければならないでしょう。

むしろ、何故かつらいという社会全体の感覚は危機的な警告なのです。

幸せの最高峰は、何もしてないけど「理由なき幸せ」

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理由なんかなくても自分が満たされていると感じれば、人は「幸せ」を感じられます。

そういう意味において、本当の意味での幸せとはこのような言葉に本当の意味があるように思えてなりません。

モノやお金地位や名誉を得て幸せと感じられても、その幸福な感情は長くは続かないでしょう。必ず「さらに・もっと」がプラスされてくるでしょう。

何もしていない、欲や想いを何も持たない時にこそ、理由なき幸せは訪れるのです。

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自分が満たされていれば、それ以上の事を求める事もなく、まだ足りないと感じるような不足感も、湧き出る事は起こりえないと言えます。

持たない、思わない、何もしない、そんな時にふと自分に注がれる理由なき幸せを見出すべきでしょう。

ボーっと「ぼかぁ、幸せだなぁ」と感じるには

ほんとうの幸せ
ボーっとしてるだけでも、「あぁ何か幸せ」とふと
感じる事って今までに無かったですか?
あれこそ、本当の理由なき幸せ

夏のこれからの時期、花火大会で夜空一面の
光模様を見るだけでも、きっと幸せに感じられますよ。

あ、季節を感じられる余裕がある時こそ、
理由なき幸せ、生きてる幸せって感じませんか?
季節モノの食事(果物・野菜・魚など)している時も。