慣れ合いも、過ぎたるは及ばざるが如し

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孤独と言うと、何か一人で寂しいイメージを強く抱きますが果たしてそれは真実でしょうか。

表面上だけ見れば孤独は確かに一人で何物にも言い難い不安として襲う事もあります。

しかし、その反面で人は群れてばかりいると、思考を停止してしまう、または本当に自分の為に時間を使うことが出来ないという側面も持ち合わせています。それら両方を考えてみます。

寂しい感情は正解、独り向き合えば実力も高まる

一人暮らしを始めてばかりで寂しい、逆に長年ずっと一人で生活しているので寂しい、どちらも寂しいが付きまといます。

しかし、どちらの寂しいにしろ自分の時間を守るという観点においては、非常に濃密な時間を過ごせる機会を持ち合わせています。

ずっと他人に依存しているばかり、存在を頼りにしているばかりだと自分で行動するための考え、自分の意思を自然と押し殺してしまいます。

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そうなると、誰のために生きているのか、依存しているその他人の為に生きている事にもなってしまいかねません。時々、適度に人を頼ることは生きていく上では不可欠です。

あまりに依存しすぎるとそこから抜け出すことは、私たちが思っている以上に難しく、脱却しようにも強い不安が付きまとい、結果的にまた誰かに依存という逆戻りに成りかねないのです。

脱依存は思った以上に難しい現実もある事を知っておく必要があるでしょう。

たまに人と会いブレイク、人付き合いもメリハリが重要

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時として、人を頼るのも必要でしょう。誰にも何にも頼らずたった一人で生き抜く事こそ、非常に身体に力が入り、心も力んだ状態でいつしか心身ともに悲鳴をあげてしまいます。

頼れるところは、人に頼る・自分で出来る所は自分でやる。

昔で言うなら、礼節を弁えつつも気軽に頼り頼られる間合い

「お隣さんにおしょうゆを借りる」くらい、時に気軽に、時にはキチンと相談にのる・のってもらうの間合いが実は離れすぎず、近すぎずちょうど良い間隔と言えるのではないでしょうか。

人間は、基本的には孤独です。そして、寂しい夜もあるでしょうが、その寂しさを感じた瞬間をかみしめて15分くらいボーっとして見てください。

そうすると、自然と力が抜けて「寂しい」感覚が薄れている事に気が付かされます。そう、素直な感情は殺さず「かみしめる」事で自分に馴染ませる事を忘れてはならないのです。

それでも寂しかったら

たまには、実家に帰るもよし。
懐かしい友に会うもよし、電話するよし。
ちょっと声を聞けただけで、明日の活力になる。

でも、強依存はダメよ、ダメダメよ。