ルックス・スペックしか目に入らない男女は赤信号

yjimage1
ネットやモバイルでの広い普及の影響もあり、恋愛や婚活サイトの広がりも凄まじいものがあります。

それだけ、人は出会いや結婚を望んでいる人が多い現状とも言える、心は寂しいのが本音なのです。

その婚活に迫りますが、あなたは結婚に何を望みますか?大人の街である有楽町・銀座あたりは今や出会いを求める社会人で溢れかえっていると聞きます。

そんな中なぜ、みな一様に品定めのおける相手のスペックにしか関心がないのか、その現状について考えてみました。

婚活ブームを起こして喜ぶのは、ブライダル産業とその関連企業だけとは言わせない。

年収・会社の看板で既に勝負ありきな現状に問う

JSK542_kanpai_TP_V
男性は自分から声をかけようと頑張るも、女性に自分のスペックを聞かれて相手にされないケースにおいて、やはり肝心要の人間性が忘れ去られている事実です。

人間性で選ぶなんてキレイごとだよ~何て声も聞かれるかもしれません。

結婚生活は出会った頃の新鮮さも大事だけど、普通に考えれば人生は長いということ。出会った頃はスペック重視でも良いかもしれない?

しかし、肝心の結婚生活は何十年~生涯続くと考えると、その人と向き合わずとして成立するとはなかなか考えにくい。

そう、圧倒的に結婚してからの生活の方が長いのだ。人間性見ずして一緒に寝食共に生活する事なんて考えられるでしょうか。

元々は全くの他人同士が一緒になり、共に生活するのが結婚。

PAK72_kawamurasalon15220239_TP_V

スペック・外見ももちろん大事だけど、短いようで長~い人生の共同生活において、あまりにも見過ごされてる現実が浮き彫りになっています。

イケメン・美女・かわいい・タイプなルックスでも、生涯共にそのスタイル保てるかといったら、そりゃ無理だって話なわけで。

みんな、ジジイにもなるしババアになるわけです。それは避けられない事実。

じいさん・ばあさんになってもこの人と暮らしたいなって思えるんかの方が重要でしょう。

相手のスペック重視、そんな気になるなら相手の会社と結婚しろ

CSK_shiodome-thumb-autox1600-13734
人によって、何を求めるかによってこのスタートの立ち位置は全く異なる事は理解しています。

幸せな家庭を築く結婚生活を望むのか、玉の輿に乗るような人生の逆転打を放ちたいのか、それは人それぞれです。

しかし、他人同士が共に生活する事が結婚であるがゆえ、お互いの内面である心であり、性格であり、人間性であり、価値観であり、内に秘めたる部分はやはり見過ごせないのです。

性格が合わない、お互い歩み寄る事が出来ないような結婚生活では、いくら金銭的に裕福なパートナーを射止めても、とてもとても長い人生で寝食を共にする事なんて出来ないでしょう。

PAK85_sumahoman20141123104549_TP_V

顔を会せるのもイヤになるでしょう。それって幸せですか?

三大銀行・五大商社、国際系IT・金融系、丸の内や大手町にあるような会社に勤める人が良いなら、その会社と結婚すればよろしいとさえ思えます。

その人がその三大銀行や商社を退職してしまったら、その後どうなるのかな、離婚するのかな?とも思います。

スペックありきな婚活風潮はあまりに木を見て森を見ずなのでは。

後記・何度も言うけど人生は短いようで長い

m030283
やっぱり、今はいいけどっていうだけの相手のスペック・ルックスだけでの婚活重視はもう終わるべきだと思う。

確かに、お金の無い生活はみじめだ、派手に豪華に暮らしたいとまで言わないけど、たまのぜい沢や最低限は生活水準良くしてほしい。

そりゃ気持ちは分かるけど、性格の合わない人、考え方や価値観の合わない人と長い人生一緒に居る事を考えてごらんなさい。

とてもじゃないけど、幸せな結婚生活とはほど遠いのではないだろうか。ストレスばかりの共同生活になるために、婚活を頑張っている訳ではないでしょうに。

lgf01a201303040400

結婚は財布・収入源を得るためのモンじゃないでしょう。この人と共に歩みたい、位の思いがなきゃ幸せとは言えないと思う。

それ意気込みで、結婚したからといっても幸せかどうななんて、一緒に暮らしてみないと分からないからね、それが結婚生活。無理して、結婚を急ぐ必要もない。

幸い、厳しい世の中と言われてはいるけど、自分の裁量で仕事も生活も営める時代なので、ひと昔前みたいに必ず結婚しろという風潮も無いなら、そこまでガツガツする婚活する必要もないので。

などと、遠い目で見ている自分がいる(笑

相手のルックス・スペックは入口だなんて言うけど、入口もなにもそれが全てなのが本音。

ほんとにそれだけで後悔しないか、よく考えるべきだという余計なお世話記ですた。